他人のツイートに「自業自得」の見出しと名誉声望保持権侵害

はじめに:クリックされる見出しの裏に潜む法的リスク

SNSが情報インフラとして定着した現代、私たちは日々、他人の投稿を目にし、それを引用・拡散することが日常となりました。特にニュースサイトやまとめサイトでは、個人のツイートを引用して記事を作成する手法が頻繁に見られます。その際、読者の注目を集めるために、刺激的でセンセーショナルな「見出し」が付けられることも少なくありません。

しかし、その見出しが、引用されたツイート本来の意図を歪め、投稿者の社会的評価を不当に貶めるものだったとしたらどうでしょうか。

2024年1月24日に東京地方裁判所が下した一つの判決(ツイート転載名誉毀損事件・裁判所ウェブサイト)は、この問題に重要な判断を示しました。この事件は、社会活動家のツイートを引用した記事に対し、元のツイートにはない「自業自得」という強烈な言葉を見出しに使った大手スポーツ新聞社の情報サイトの行為が、名誉毀損および著作者人格権の一種である「名誉声望保持権」の侵害にあたるかが争われたものです。原告は220万円の損害賠償を求め、裁判所は一部を認容し22万円の支払いを命じました。

本稿では、この「ツイート転載名誉毀損事件」を詳しく紐解きながら、特に「名誉声望保持権」という、一般にはあまり馴染みのない権利に焦点を当てて深掘りしていきます。情報発信者であれば誰もが知っておくべき、他人の著作物を利用する際の見出しの付け方とその法的リスクについて、解説します。

1 事件の概要 - 何が、どのように争われたのか?

(1)当事者

  • 原告:主に10代の女性の自立支援を行っている社会活動家(A氏)

  • 被告:総合情報サイト「よろず〜」を運営する株式会社デイリースポーツ

(2)発端となった記事
被告は、安倍晋三元首相が銃撃され死去した事件の翌日である令和4年7月9日、原告が前日にTwitterへ投稿したツイートを引用し、以下の見出しを付けた記事を自社サイトで配信しました 。

  • 問題となった見出し(変更前):「活動家・A氏、射殺されたB氏は"自業自得"と主張 参院選での「女性の権利」軽視にも怒り」

    • ※B氏は安倍元首相を指します。

(3)引用されたツイート(本件各ツイート)の内容
記事の本文には、原告による3つのツイートのほぼ全文が引用されていました。その内容は、要約すると以下のようなものです。

  • ツイート①:「暴力を許さず抵抗する活動を私も続けているが、今回のような事件が起こりうる社会を作ってきたのはまさにB政治であって、自民党政権ではないか。敵を作り、排他主義で、都合の悪いことは隠して口封じをし、それを苦にして自死した人がいても自身の暴力性に向き合わなかったことはなくならない。」

  • ツイート②:「弱い立場にある人を追いやり、たくさんの人を死にまで追い詰める政治を続けてきた責任は変わらない。『誰の命も等しく大切』と多くの人が言う今、人の命の重さは等しくないんだなと感じさせられてしまう。」

  • ツイート③:「参議院選ではそういう社会を変えるために活動する人や政党に投票したいが、どの政党も女の人権は後回し。(中略)絶望する。」 ここで最も重要な点は、原告のツイートには「自業自得」という言葉は一切使われていなかったということです。この言葉は、記事作成者が原告のツイートを解釈し、読者の興味や好奇心を刺激するためにあえて選択したものでした 。

(4)提訴に至る経緯
原告は被告に対し、この見出しと記事の削除を要請しました。被告はこれに応じ、遅くとも同日午後4時頃には、見出しを「活動家・A氏、射殺されたB氏は『B政治が原因』と主張」と変更しました。しかし、最初の見出しによって名誉を著しく毀損されたとして、原告は被告に対し、①名誉毀損、②著作権(公衆送信権)侵害、③名誉声望保持権侵害を理由として、不法行為に基づき損害賠償金合計220万円と遅延損害金の支払いを求める訴訟を提起したのです 。

2 判決の核心ー裁判所が示した「2つの読者類型」という判断軸

本件判決の最も興味深く、かつ重要な点は、裁判所が読者を2つの類型に分けて、名誉毀損と名誉声望保持権侵害の成否をそれぞれ判断したことです 。現代のニュース消費行動を的確に捉えた、この「類型別アプローチ」を見ていきましょう 。

  • 類型〔1〕:見出しのみを読み、記事の本文を読まない一般読者

  • 類型〔2〕:見出しを読んで記事の内容に関心を持ち、本文まで読む一般読者

(1)類型〔1〕(見出しだけ読む読者)に対する判断
ア 名誉毀損:成立する
裁判所は、見出しだけでも「原告が、B元首相が射殺されたことは自業自得であると述べたとの事実を摘示すること」は、一般読者に対し「原告が、人の命を軽視するような思想を持つ人物であるとの印象を与える」と判断しました。これは、原告個人の社会的評価を直接低下させるものであるため、名誉毀損が成立するとしたのです 。

イ 名誉声望保持権侵害:成立しない
一方で、名誉声望保持権の侵害は否定されました。なぜなら、この類型の読者は記事本文、すなわち引用されたツイート(著作物)を読んでいません。名誉声望保持権は、あくまで「著作物の利用方法」が著作者の名誉・声望を害するかを問う権利です。本文を読んでいない以上、見出しとツイート(著作物)が読者の頭の中で関連付けられることはなく、ツイートの利用方法によって著作者の社会的評価が低下したとは言えない、と裁判所は考えたのです 。

(2)類型〔2〕(本文まで読む読者)に対する判断
ア 名誉毀損および名誉声望保持権侵害:いずれも成立する
こちらの類型では、結論が異なります。この読者は、まず「自業自得」という強烈な見出しに引きつけられて記事を読み始めます。そして、本文に引用されているツイートを読むわけですが、その際、多くの読者は「本文は流し読む程度にとどめたりすることも十分にあり得る」と裁判所は指摘しました。その結果、読者は見出しの「自業自得」というフィルターを通してツイートを読んでしまい、「このツイートは、B元首相が射殺されたのは自業自得だと述べている内容なのだ」と誤って理解してしまいます。このように、不適切な見出しとツイート(著作物)が一体となって読者に消費されることで、「原告が、人の命を軽視するような思想を持つ人物であるとの印象を与える」ことになります。これは、ツイート(著作物)の著作者である原告の社会的評価を低下させるものであり、まさしく「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に他ならないと判断されました。

3 争点ごとの詳細な解説ーなぜこの結論になったのか?

本判決は複数の争点について判断を下しています 。ここでは主要な争点について、裁判所がなぜそのような結論に至ったのかを、判決文に基づいてより深く掘り下げてみましょう。

(1)争点:名誉毀損と違法性・責任の有無
ア 名誉毀損の成立
裁判所は、見出しの「射殺されたB氏は"自業自得と主張」の部分が、人の命を軽視する人物との印象を与え、原告の社会的評価を低下させると認定しました 。

イ 違法性阻却・責任阻却の否定
被告は、摘示した事実は真実である、あるいは真実と信じる相当な理由があったと主張しましたが、裁判所はこれを退けました 。
(ア)真実性
原告のツイートには、B元首相が射殺されたのは自業自得であると述べた事実はなく、真実であるとは認められませんでした 。
(イ)真実相当性
被告は、「自業自得」を「自分の行いの結果を自分の身に受けること」と理解していたと主張しました。しかし裁判所は、広辞苑や三省堂国語辞典の定義(「悪い報いを受けることにいう。」など)を挙げ、被告の理解には相当な理由がなかったと判断しました。よって、故意または過失が否定されることはない、と結論付けました 。

(2)争点:著作権(公衆送信権)侵害
原告は、ツイートを無断で記事に利用されたとして公衆送信権の侵害も主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。そのロジックは以下の通りです。
ア ツイートの著作物性を認定
まず前提として、裁判所は本件各ツイートが「思想又は感情を創作的に表現」したものであり、表現内容や構成に創作性が認められるとして、著作権法上の「言語の著作物」にあたると判断しました 。

イ 「時事の事件の報道のための利用」の成立を認定
その上で、被告によるツイートの利用は著作権法41条に定められた「時事の事件の報道のための利用」にあたり、著作権が制限されると判断しました。 (ア)「時事の事件」に該当
社会活動家である原告が、社会的に注目された射殺事件についてコメントしたことは、速報性が要求される「時事の事件」に該当するとしました 。 (イ)「当該事件を構成する著作物」に該当
原告のコメント内容、すなわち本件各ツイートの内容は、報道の主題そのものであり、「当該事件を構成」する著作物にあたるとしました 。
(ウ)「報道の目的上正当な範囲内」の利用
ツイートを要約すると内容が歪む恐れがあったため、その表現内容とともに正確に伝えるという報道の目的からすれば、ほぼ全文を引用する必要があったと認めました。また、ツイートは元々無料で公開され、原告も自身の意見を広く知ってもらう意図があったと見られることから、全文引用が原告の利益を不当に害するとは言えないと判断しました。この判断により、被告のツイート利用は適法とされ、公衆送信権侵害は成立しないことになりました。そのため、被告が主張していた他の抗弁(引用の抗弁や黙示の承諾の有無)については、裁判所は判断を示していません 。

(3)争点:名誉声望保持権侵害
公衆送信権侵害は否定されましたが、著作者人格権の一種である名誉声望保持権の侵害は認められました。これは、たとえ著作物の利用自体が適法(今回は時事報道として)であっても、その「利用のされ方」が著作者の名誉を害する場合は、別途責任が問われることを示しています。裁判所は、類型〔2〕の読者(本文まで読む読者)との関係で、被告の行為は「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」にあたり、原告の名誉声望保持権を侵害したと結論付けました 。

4 「名誉声望保持権」の深掘り - 過去の判例との比較

本判決を理解する上で鍵となるのが「名誉声望保持権」です 。これは著作権法第113条11項に定められています 。

著作権法 第113条11項 「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。」

(1)名誉声望保持権の趣旨と裁判実務
この規定の立法趣旨は「著作者の創作意図を外れた利用をされること」や「著作物に表現されている芸術的価値を非常に損うような形で著作物が利用されたりすることを防ぐこと」にあります。しかし、すべてのケースで著作者の主観的な意図を探求するのは困難なため、多くの裁判例では、本判決も採用した客観的な基準、すなわち「社会的かつ外部的な名誉又は声望」が低下したかどうかで判断がなされています 。

(2)過去の判例との比較
過去の判例を見ると、この基準がどのように適用されてきたかがわかります。
ア 侵害が否定された例

  • 寿屋イラスト事件(東京地判平24・9・27):絵本作家の商業デザインが意図しないポリ袋に無断使用された事案で、作家としての社会的評価の低下までは認められないとして侵害が否定されました 。

  • アニメ昔ばなしシリーズ事件(東京高判平13・8・29):書籍が定価を下回る価格で販売された事案で、「一般に、定価を下回る価額での書籍の販売がその著作者の名誉、信用を毀損する性質を有するものとは認められない」として侵害が否定されました 。

イ 侵害が肯定された例

  • 目覚め事件控訴審(東京高判平8・4・16):ルポルタージュがテレビドラマ化される際、原作の根幹である企業批判や女性自立の思想が骨抜きにされた事案。著作者が貫いてきた思想・主張と齟齬をきたすとして侵害が肯定されました 。

  • 漫画 on Web事件(知財高判平25・12・11):漫画家が描いた似顔絵が、本人の意図に反する政治的活動に利用された事案。漫画家がその活動に賛同しているかのような外観を作出し、一面的な評価を受けるおそれを生じさせたとして侵害が認められました 。

  • 戦場のメリークリスマス事件(東京地判平14・11・21):有名な映画音楽が著作者に無断でCMに利用された事案。楽曲が商品の特定のイメージと結び付くことを理由に侵害が肯定されました 。

(3)本件判決の位置づけ
本件判決は、上記の「目覚め事件」や「漫画 on Web事件」のように、著作者の思想・信条を歪める形で著作物が利用されたケースに近いと言えます。原告のツイートには社会構造への批判という明確な意図がありましたが、被告は「自業自得」という全く異なるニュアンスのレッテルを貼りました。これにより、読者に原告の思想を誤解させ、社会活動家としての評価を低下させた点が、名誉声望保持権の侵害と判断されたのです 。

5 この判決が示す実務への影響と損害額の評価

本判決は、情報発信に関わるすべての人々、特にメディア関係者にとって、実務上の重要な教訓を数多く含んでいます。

(1)メディア・ウェブサイト運営者への警鐘:「見出し商法」のリスク
読者の関心を煽るために、本文の内容と乖離した、あるいは過度に扇情的な見出しを付ける手法は「見出し商法」と揶揄されますが、本判決はこれが明確な法的リスクであることを示しました。他人の文章を引用する際は、その内容を歪めるようなレッテル貼りをすれば、名誉声望保持権侵害の責任を問われうることになります 。

(2)損害額が22万円となった理由
原告の請求額220万円に対し、裁判所が認容したのは22万円でした。判決では、名誉毀損と名誉声望保持権侵害による慰謝料をそれぞれ10万円、弁護士費用を2万円と算定しました。その金額を算定するにあたり、裁判所は以下の事情を考慮しています。

  • 原告が社会活動家であるという社会的地位

  • 見出しの配信時間が約4時間にとどまったこと

  • 見出しの内容は不正確ではあるものの、本件各ツイートの意図する内容と大きく異なるとはいえないこと

  • 特に最後の点は、見出しは不適切としつつも、ツイート自体にもB元首相の政治責任を問う意図があったことを考慮し、損害額を抑制する方向に働いたと考えられます。

おわりに:情報発信の「責任」を再定義した重要判決

「ツイート転載名誉毀損事件」判決は、SNS時代の情報発信と著作物利用のあり方に、大きな一石を投じました 。

その最大の功績は、見出しと引用本文の関係性という、これまで法的に深く問われることが少なかった領域に踏み込み、不適切な見出しが引用された著作物の価値を歪め、ひいては著作者本人の社会的評価を毀損するプロセスを、名誉声望保持権侵害として明確に認定した点にあります 。

また、SNS投稿のニュース利用が「時事の事件の報道」に該当しうると判断した一方で、その利用方法が不適切であれば名誉声望保持権侵害が成立しうる、という複合的な判断を示した点も実務上、非常に重要です。

本判決は、すべての情報発信者に対し、他者の言葉を借りて情報を伝える際には、その言葉に敬意を払い、本来の意図を捻じ曲げることなく、誠実に伝える責任があることを改めて突きつけました。クリック数やビュー数を追い求めるあまり、安易な見出し付けに走ることが、いかに大きな法的・倫理的リスクを伴うか。この判決は、そのことを雄弁に物語っています 。

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