1.判決の基本情報
事件番号:知的財産高等裁判所判決/平成26年(ネ)第10063号
判決日:平成27年4月14日
判示事項:被控訴人(被告)が製造販売する幼児用椅子(被控訴人製品)が、控訴人(原告)製造の「TRIPP TRAPP」椅子(控訴人製品)の著作権や不正競争防止法上の権利を侵害するか否かが争点でした。本判決では、控訴人製品が「美術の著作物」に該当すると認められたものの、被控訴人製品との類似性を否定し、不競法違反も否定したため、控訴を棄却しています。
掲載誌:判例時報2267号91頁
評釈論文:コピライト653号30頁、ジュリスト1484号8頁、ジュリスト1492号266頁ほか
2.事案の概要
(1) 当事者
控訴人(原告)ら:いずれもノルウェー法人
幼児用椅子「TRIPP TRAPP」(以下「控訴人製品」といいます)を製造・販売
被控訴人(被告):日本法人
同種の幼児用椅子(以下「被控訴人製品」といいます)を国内で製造・販売
控訴人の椅子
被控訴人の椅子
(2) 原審の請求内容
控訴人らは、次のとおり主張しました。
著作権侵害
控訴人オプスヴィック社が有する「TRIPP TRAPP」の著作権、および控訴人ストッケ社が有する独占的利用権を、被控訴人製品の製造・販売で侵害された
不正競争防止法違反
形態的特徴が周知または著名な商品等表示に該当し、被控訴人製品との類似が混同を生じさせる行為にあたる
一般不法行為(民法709条)
上記いずれも認められないとしても、信用や顧客を不当に奪う「不公正な手段」にあたる
控訴人らは差止請求・破棄請求・損害賠償請求・謝罪広告などを求めました。しかし、原審(東京地方裁判所)は、すべて認めませんでした。
(3) 本控訴審(知財高裁)の判断
控訴人らは原審に不服があるとして控訴しましたが、本判決(知財高裁)は原審を支持し、控訴を棄却しています。
3.争点整理
著作権侵害の成否
幼児用椅子という実用品(応用美術)が「美術の著作物」にあたるか
被控訴人製品が控訴人製品の著作権を侵害するほど類似しているか
不競法2条1項1号・2号違反
控訴人製品の形態的特徴が周知・著名な商品等表示かどうか
仮に商品等表示であれば、被控訴人製品は形態が類似して混同を生じるか
一般不法行為(民法709条)
仮に著作権や不競法上の侵害が否定されても、不公正な競争手段として違法が認められるか否か
4.知財高裁の判断概要
(1) 著作権侵害の成否
1)応用美術における著作物性
まず、本判決は原審と異なり、控訴人製品が著作物性を有すると認定しました。椅子は実用性に基づく「応用美術」ですが、それでも「作成者の個性が発揮され、創作的な表現がされていれば、美術の著作物として保護される可能性がある」としています。
ただし、応用美術は機能性に制約されやすく、表現の幅が狭くなりがちであるため、どの部分に作成者の個性が現れているかを限定的に検討する必要があります。本件では、「2本脚構造」や「溝にはめ込んで高さを調節する独特の形態」などが創作的表現と判断されました。
2)被控訴人製品との類否
著作物性を認めたうえで、被控訴人製品が控訴人製品の本質的特徴を「直接感得」させるかどうかが問題となりました。判決文によると、
控訴人製品:左右に板(部材A)が一対だけ存在し、2本脚として成り立つ
被控訴人製品:4本脚構造であり、前脚部分には座面と足置き台を溝で固定する仕組みはあるものの、後脚(部材C)が追加されている
この「脚部の本数」(2本脚vs.4本脚)の差異は椅子構造として重大な違いであり、外観にも大きく影響するとされました。結果、被控訴人製品は「似ている」印象を受ける部分があっても、著作物性が認められた本質的部分とは異なり、侵害は否定されました。
(2) 不正競争防止法2条1項1号・2号
1)商品等表示該当性・周知性
控訴人製品の形態が「著作物性はない」とした原審とは異なり、本判決では「応用美術として著作物性がありうる」という判断が示されました。ただし、不正競争防止法の枠組みでは「著作物かどうか」ではなく、「周知・著名な商品等表示かどうか」が論点です。
本判決は、控訴人製品は長年の販売実績や広告により、同種の製品からは際立つ形態上の特徴を周知化していたと認めています。ただ、被控訴人製品と比較したとき、「脚部が2本か4本か」という決定的な違いがあるため、形態が類似していないと判断されました。
2)混同の有無
被控訴人製品により「TRIPP TRAPP」と混同を生じさせるかという点につき、裁判所は「脚部が4本あること」を特に重視しており、機能・コンセプトが一見似ていても、周知表示としての主要部分(2本脚構造)には該当しないとして、混同を否定しました。
(3) 一般不法行為(民法709条)
控訴人らは、仮に著作権侵害や不競法違反が否定されても、フリーライドの意図などによる不公正な競争として民法709条の不法行為が成立すると主張しました。しかし、本判決は形態の類似性自体が認められず、模倣行為ともいえないので、不法行為には当たらないという結論です。
5.結論
本件控訴審では、控訴人製品が著作物性を有する点は肯定されましたが、被控訴人製品の形態は脚部構造が決定的に異なることから、著作権侵害も不競法上の不正競争も否定されました。つまり、「応用美術に著作物性は認められ得るが、侵害とするには本質的特徴が共通していないといけない」という整理です。
結果として、知財高裁は原審判決を支持して控訴を棄却し、被控訴人による幼児用椅子の製造・販売行為は著作権侵害や不正競争行為に該当しないとの判断が確定しました。
6.本判決のポイントと示唆
本判決が示した「応用美術の著作物性を一元的に考える判断」
従来の応用美術に関する議論では、「分離可能性説」や「美的鑑賞性」の程度を要するとする考え方が色濃くありました。つまり、「実用品が備える機能と結び付いた部分を取り除いてもなお観賞の対象となる芸術的特性があるかどうか」「機能部分と装飾部分を区別し、装飾部分だけで独自の美術性があるかどうか」という観点で判断するのが一般的でした。
これに対し、本判決は、著作権法の要件である「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)を満たすかどうかを、単純に「作成者の個性が発揮されているか」に焦点づける形で判断しています。実際に、実用品か否かの制限はあっても、個性が発揮されれば著作物として成立し得るとして、応用美術に特別に高い基準を要求するのは相当ではないと述べるなど、機能との分離可能性よりも「創作性」「個性」の有無を強調しました。この点が「一元的に考える」姿勢として特徴的です。本判決以降も、分離可能性説で判断する趨勢が続いている
しかしながら、本判決が示した一元的アプローチが、現在の応用美術裁判例に広く採用されているかといえば、そうではありません。後続の裁判例では、むしろ「機能部分と結び付いていない美術的要素を抽出し、そこに創作性があるかどうか」という分離可能性説的な検討が続いているのが実情です。
具体例として、家具類や実用品の形状が争点となった近時の判例や実務では、依然として「実用品としての機能部分と芸術的要素の切り分け」を意識した議論が行われることが多く、結局は著作物性を否定する場面が少なくありません。著作権による過度の保護が産業振興や利用の自由を阻害するのではないかという懸念も強いため、依然として分離可能性説に根差した厳格な判断がされているといえます。
このように、本判決は応用美術に対し一元的な判断を示した点で注目されましたが、その後も実務の潮流は分離可能性説を重視する方向にとどまっています。したがって、本判決が直ちに実務全体を塗り替えたわけではなく、あくまでも「応用美術について著作物性を検討する場合に、機能との分離を必ずしも高いハードルとしなくてもよい」という一つの指針を示したにとどまっていると評価できます。