建築の著作物とはーグルニエダイン事件・シノブ設計事件・ノグチ・ルーム事件

建築の著作物は、著作権法第10条1項5号において著作物の一類型として列挙されています。

(著作物の例示)

第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである

(略)

五 建築の著作物

建築の著作物は、一般的に美術の著作物の一類型と考えられています。著作権法で保護されるのは建築の著作物ですので、著作物性が必要であり、一般住宅や公衆トイレ、公園の遊具のようなありふれた建築物は建築の著作物には該当しません。建築の著作物にどの程度の芸術性や創作性が必要かについては、判例でもいろいろと判断が分かれています。

グルニエダイン事件(大阪高等裁判所平成15年()第3575号 著作権侵害差止等請求控訴事件)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/051/010051_hanrei.pdf

例えば、グルニエダイン事件(平成15年()第3575号 著作権侵害差止等請求控訴事件)では、控訴人のグルニエダインシリーズは、平成10年10月に通商産業省選定の平成10年度グッドデザイン賞を受賞していてそのデザイン性が高く評価されているものでしたが、裁判所は「一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。本件のように、高級注文住宅とはいえ、建築会社がシリーズとして企画し、モデルハウスによって顧客を吸引し、一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅を建築する場合は、一般の注文建築よりも、工業的に大量生産される実用品との類似性が一層高くなり、当該モデルハウスの建築物の建築において通常なされる程度の美的創作が施されたとしても、『建築の著作物』に該当することにはならないものといわざるを得ない。控訴人建物は、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回っておらず、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を具備しているとはいえないから、著作権法上の『建築の著作物』に該当するということはできない」として著作物性を否定しています。この判例のように、基本的に一般住宅については、建築の著作物に該当しません。

シノブ設計事件(福島地方裁判所平成2年()第105号

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=14779

また、著作権法第2条1項15号ロにおいて、建築の著作物の複製は「建築に関する図面に従つて建築物を完成すること」と定義されていますが、これについても、建築設計図に従って建築すればどんな建築物であっても複製権侵害になるわけではなく、完成した建築物が建築の著作物と認められるような創作性や芸術性を有していないと複製権侵害には該当しません。

具体的な例をあげると、シノブ設計事件(福島地方裁判所 平成2()105)では、「著作権法一〇条一項六号の著作物の複製は、同項五号の『建築の著作物』の場合となり二条一項一五号の本文の有形的な再製に限られ、したがって建築設計図に従って建物を建築した場合でも、その建築行為は建築設計図の『複製』とはならない。本件設計図に表現されている観念的な建物が『建築の著作物』に該当しないかぎり本件建物の建築行為は『複製』権の侵害とはならない。そこで、本件設計図に表現されている観念的な建物は『建築の著作物』に該当するか否か検討するにここで『建築芸術』と言えるか否かを判断するにあたっては、使い勝手のよさ等の実用性、機能性などではなく、もっぱら、その文化的精神性の表現としての建物の外観を中心に検討すべきところ、前顕疎乙第二号証、同第四号証の一、二、甲第四号証によれば、右観念的な建物は一般人をして、設計者の文化的精神性を感得せしめるような芸術性を備えたものとは認められず、いまだ一般住宅の域を出ず、建築芸術に高められているものとは評価できない。そうすると、本件設計図に表現されている観念的な建物が『建築の著作物』に該当しないので、本件債務者らの建築行為は『複製』権の侵害とはならない。」として設計図に表現されている建物は建築の著作部に該当しないので、複製権侵害に該当しないと判断されています。

ノグチ・ルーム事件(東京地方裁判所平成15年()第22031号 著作権仮処分命令申立事件)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=11053

また、建築の著作物は、単一の建築物に関するもののみに認められるわけではなく、例えば建物と庭園の組み合わせが一体としての一つの著作物であると認められる場合もあります。

例えば、ノグチ・ルーム事件(平成15年()第22031号 著作権仮処分命令申立事件)では、「建築家谷口吉郎とイサム・ノグチは、ノグチ・ルームを含む本件建物、庭園及び彫刻の製作について、これを両者による共同作業と位置付けていて、事実関係によれば、ノグチ・ルームは、本件建物を特徴付ける部分であって、庭園と調和的な関係に立つことを目指してその構造を決定されている上、本件建物は元来その一部がノグチ・ルームとなることを予定して基本的な設計等がされたものであって、柱の数、様式等の建物の基本的な構造部分も、ノグチ・ルーム内のデザイン内容とされているものであり、ノグチ・ルームを含めた本件建物全体が一体としての著作物であり、また、庭園は本件建物と一体となるものとして設計され、本件建物と有機的に一体となっているものと評価することができるので、ノグチ・ルームを含む本件建物全体,庭園及び彫刻は一体となっていて、一個の建築の著作物を構成していると認められる」として、建物全体,庭園及び彫刻で一個の建築の著作物であるとの判断をしています。

同一性保持権

建築の著作物については、美術的な側面もある一方で人が使用したり住んだりする等の実用的な側面もあり、ときとして改築や修繕が必要となる場合もあることから同一性保持権については調整がなされています。

(同一性保持権)

第二十条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。

(略)

二 建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変

例えばノグチ・ルーム事件(平成15年()第22031号 著作権仮処分命令申立事件)では、慶應義塾大学大学院法務研究科を開設するために、新校舎を建設するに当たり行った移設工事が改変に該当すると判断しましたが、著作権法第20条2項2号の適用について以下のとおり判断され、やむを得ない改変にあたると判断されています。

「著作権法20条2項2号は,建築物については,鑑賞の目的というよりも,むしろこれを住居,宿泊場所,営業所,学舎,官公署等として現実に使用することを目的として製作されるものであることから,その所有者の経済的利用権と著作者の権利を調整する観点から,著作物自体の社会的性質に由来する制約として,一定の範囲で著作者の権利を制限し,改変を許容することとしたものである。これに照らせば,同号の予定しているのは,経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって,個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変が,同号の規定により許容されるものではないというべきである。(省略)本件工事は,法科大学院開設という公共目的のために,予定学生数等から算出した必要な敷地面積の新校舎を大学敷地内という限られたスペースのなかに建設するためのものであり,しかも,できる限り製作者たるイサム・ノグチ及び谷口の意図を保存するため,法科大学院 開設予定時期が間近に迫るなか,保存ワーキンググループの意見を採り入れるなどして最終案を決定したものであって,その内容は,ノグチ・ルームを含む本件建物と庭園をいったん解体した上で移設するものではあるが,可能な限り現状に近い形で復元するものである。これらの点に照らせば,本件工事は,著作権法20条2項2号にいう建築物の増改築等に該当するものであるから,イサム・ノグチの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものではない。」

建築の著作物については、美術的・芸術的な側面もある一方で実用的な側面もあることから様々な調整が行われていることに留意が必要です。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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