はじめに
現代のグローバル化した市場では、著作物(書籍や音楽、映像など)の国際的な流通がますます活発化しています。その中でも、「並行輸入」と呼ばれる、正規の輸入ルートを通さずに海外から商品を輸入し国内で販売する手法が注目されています。日本においても、特に書籍やCDなどを他国から安価に仕入れ、国内で販売することで消費者にメリットを提供する一方、著作権者や権利者に対する影響が懸念されています。
並行輸入の基本的な仕組みと課題
並行輸入とは、一般的に輸入代理店など正規のルートを経由せずに海外から商品を直接国内に持ち込むことを指します。例えば、日本では高価な書籍やCDが、アジア諸国で安価に流通している場合、それらを並行輸入で仕入れ国内で販売することが可能です。この手法により、消費者は低価格で商品を手にすることができる一方、国内市場における価格競争に影響が及び、特に著作権者やレコード製作者の経済的利益に悪影響を与えることが指摘されています。
並行輸入が著作権に関わる問題として注目される理由の一つは、海賊版の流通のリスクです。著作権法113条1項1号によれば、海賊版を日本国内で頒布する目的で輸入する行為は、著作権侵害とみなされます。このため、並行輸入される商品が著作権を持つ原作の無許可複製である場合には、違法とされるのです。
「消尽」理論の適用とその意義
並行輸入に関する問題を考える際に、「消尽」という法理が重要な概念として浮上します。「消尽」とは、著作権者が著作物を一度市場に流通させた後には、その著作物の頒布権(販売権)は消尽し、以後の再販売には頒布権が及ばないとする考え方です。例えば、日本で一度購入された書籍やCDが、個人の手を経て再度流通に出されても、それ自体は著作権の侵害とはならないという仕組みです。
この「消尽」理論は、国内における消尽(国内消尽)と、国外での頒布に対する消尽(国際消尽)に分かれます。国際消尽が認められる場合、海外で適法に販売された商品が並行輸入されても、著作権者はその流通を差し止めることができません。日本では、著作権法26条の2第2項で、映画以外の著作物について国際消尽が認められています。
音楽レコードの還流防止措置と規制
音楽CDなどの商業用レコードに関しては、並行輸入が市場に与える影響が特に大きいとされています。海外で安価に販売されたCDが国内に逆流し、国内の市場価格を崩すことで、著作権者やレコード製作者の収益に影響を与えるためです。この問題に対処するため、日本の著作権法では一定の条件下で国外頒布目的のレコードの還流を制限する規定が設けられています。
著作権法113条10項では、国外で販売されることを目的として制作された商業用レコードが、一定の要件を満たす場合には、その還流が制限される仕組みが採用されています。具体的には以下の要件を満たす必要があります:
国内で先行または同時に発行されているレコードと同一のものであること。
輸入者が国外頒布を目的とした商品であることを知っていること。
日本国内で頒布する目的で輸入する行為であること。
還流により著作権者が得ることが予測される利益が不当に害されること。
国内で最初に発行されてから4年を経過していないこと。
これらの要件を全て満たす場合、並行輸入による著作権侵害が認められ、レコードの還流が制限されることになります。
判例:並行輸入に関する重要な裁判例
日本の判例でも、並行輸入に関する事案がいくつか取り上げられており、その中でも著名な判例として「BBS並行輸入事件」(1997年(平成9年)7月1日最高裁判所第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁)や「プリンタ用インクタンク事件」(2007年(平成19年)11月8日最高裁判所第一小法廷判決・民集61巻8号2989頁)があります。
これらの判例では、消尽理論の適用に関して、特に特許製品の並行輸入に関する議論が行われ、社会公共の利益との調和、商品の自由な流通の阻害防止、権利者の二重利得の禁止といった観点から、国内消尽が肯定されています。この理論は著作権にも適用され、特に映画の著作物以外の著作物については、国内での流通において消尽が認められる傾向にあります。
まとめ
著作権と並行輸入の関係は、国内の市場保護と国際的な流通の自由のバランスを考える上で重要なテーマです。特に、音楽CDなどの国外頒布目的商業用レコードの還流については、権利者の利益を保護するための特別な規制が設けられており、国内市場の秩序維持が図られています。
今後、デジタル化の進展に伴い、物理的な商品だけでなく、デジタルコンテンツにおいても並行輸入に似た形態が生じる可能性があるため、新しい形の著作権の保護と流通規制が求められるかもしれません。国際的なルール作りと、国内市場の保護の両面から、今後の動向に注目が必要です。