ドラゴンクエストⅤ主人公名 著作権判決の全貌

本稿は、令和5年10月20日に言い渡された東京地方裁判所判決(令和3年(ワ)第27154号・裁判所ウェブサイト)及び令和6年4月23日に言い渡された知的財産高等裁判所判決(令和5年(ネ)第10104号・裁判所ウェブサイト)を素材に、ゲーム原作の小説と映画の間で争われた「キャラクター名の著作物性」・「出版契約上の協議義務」の有無を詳細に検討するものです。

結論から言えば、地裁・高裁ともに「主人公名には著作物性がなく、出版契約も協議義務を生じさせない」として原告(小説家)の請求は全面棄却されました。しかし、判示に至る過程で示された裁判所のロジックは、ネーミングやキャラクター設定を扱う実務に強いインパクトを与え得るため、以下で判決骨子と実務上のポイントを整理します。

1 事案の背景と当事者関係

小説家である原告は、1992年発売のスーパーファミコン用ソフト『ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁』(以下「本件ゲーム」)を題材に、出版元エニックス(現スクウェア・エニックス)と協議しながら『小説ドラゴンクエストⅤ天空の花嫁』(全3巻)を執筆しました。小説版では、ゲーム内で任意入力となっている主人公名を、作者独自に

正式名:「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」
通 称:「リュカ」

と設定しています。

一方、2019年公開の3DCG 映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(以下「本件映画」)は、本件ゲームを原作としつつも、映画の脚本・演出上、主人公を「リュカ(場合によってはフルネーム)」と呼称しました。ここで原告は、

  1. 小説で創作した名称を映画が無断使用した → 著作権(複製権・翻案権)侵害

  2. エニックスと締結した出版契約5条(二次的使用条項)により「名称使用時は協議すべき義務」がある → 協議義務違反は債権侵害の共同不法行為

と主張し、映画製作委員会構成員(東宝・スクウェア・エニックス・白組)及び監督・総監督等に対し、名誉回復措置(ウェブ謝罪広告)と慰謝料等220万円の連帯支払いを求めて提訴しました。

2 主要な争点

 名称の著作物性
キャラクター名は著作権法2条1項1号の「思想又は感情を創作的に表現したもの」に当たるか。

 出版契約上の協議義務
本件出版契約5条が、名称の利用についてまで原作者と出版社に協議義務を課すか。

 債権侵害の共同不法行為
他の製作委員会メンバーは、協議義務違反を知りつつ映画を制作したか。

 損害額・謝罪広告の要否

本稿では、上記4点を軸に、地方裁判所・高等裁判所それぞれの判断を順に見ていきます。

3 東京地裁判決の分析

3-1 名称の著作物性を全面否定

裁判所は、まず「人物名は人物を識別する符号にすぎず、通常それ自体は思想・感情の表現ではない」と整理したうえで、

  • 形式的には19文字と長大だが、王族出身を示す地名を付加した結果にすぎず、

  • 物語上“象徴的”に用いられても、符号性を超えた創作的表現とはいえない、

として著作物性を否定しました。引用されたのは、最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決(ポパイネクタイ事件・裁判所ウェブページ)であり、そこでも「抽象的概念は著作物とならない」と述べられています。

3-2 協議義務も不存在

出版契約5条は「本著作物が映画等に二次的に使用される場合に、著作権使用料等を協議する」と定めています。ここで裁判所は、

  • 「本著作物」とは小説本文そのものであり、名称単独の使用は本文の翻案・翻訳に当たらない。

  • 名称自体が著作物でないなら著作権処理は不要ゆえ、二次的使用条項は機能しない。

と読み解き、「協議義務は発生しない」と判断しました。

3-3 共同不法行為・損害も否定

協議義務が存在しない以上、その違反を前提とする共同不法行為も成立せず、名誉回復措置(著作権法115条)や慰謝料請求はいずれも棄却とされました。

4 知財高裁判決の分析

原告は控訴審で「地裁は創作性を吟味せず形式的に名称を排除した」と批判し、さらに「たとえ著作物でなくても業界慣行上、原作者に敬意を示すべきだ」と主張を補強しました。

4-1 著作物性の再確認

高裁は、地裁の論旨をほぼそのまま採用し、

  • 原告が例に挙げた「デザイン書体事件」(東京高裁平成8年1月25日判決)は名称問題と文脈が異なる、

  • 名称がファンコミュニティで識別機能を有している事実も、符号性を覆すものではない、

としてやはり著作物性を否定しました。

4-2 協議義務・事務管理責任の追加主張も認められず

控訴審では、監修者との会話を起点に「民法697条の事務管理責任」を追加主張しましたが、知財高裁は

  • そもそも監修者は会社代表権を持たず、委任の範囲変更があったといえない、

  • 要望を聞く行為が直ちに“他人のための事務管理開始”とは評価できず、

  • 要望は映画代表会社へ一応伝達されているため、債務不履行でもない、

とし、追加請求も棄却しました。

5 実務的インプリケーション

  1. ネーミング保護の限界
    キャラクター名・商品名は、著作権で拾いきれないケースがほとんどです。商標登録や不正競争防止法の「周知表示」保護も含めた多層的戦略が必須となります。

  2. 契約ドラフティングの重要性
    名称・設定・世界観まで原作者に帰属させたいなら、出版契約・ライツ契約で「名称も著作物として扱い、二次利用時は協議または許諾を要する」と明示するのが確実です。曖昧な文言は後に裁判所で斬られます。

  3. 製作委員会方式と責任の分散
    委員会メンバー個々の法的義務は“個別契約”に依存します。制作途中で交わされる口約束やメールだけでは、委任範囲の変更・黙示合意を立証するのは困難です。

  4. 名誉回復措置の高いハードル
    著作権法115条による謝罪広告は、侵害が認定されて初めて検討されます。著作物性でつまずけば、当然ながら措置請求も崩れます。

6 今後の展望とまとめ

ネーミングやキャラクター設定は、IPビジネスの心臓部でありながら、既存の法体系では“抜け落ちる”領域が依然として残ります。本件判決は、「名称=識別符号」 という従来の枠組みを再確認し、契約で曖昧なまま残った“設定・世界観”の帰属を巡るリスクを浮き彫りにしました。

クリエイターと企業が共創する時代、ネーミング一つ取っても権利帰属と利用条件を明文化しておくことが、後の紛争コストを劇的に下げる最善策です。映画・アニメ・ゲーム・小説がクロスメディア展開する現在、契約条項のアップデートと権利設計の緻密化はもはや必須作業と言えるでしょう。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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