ホテルロビーやギャラリー展示の著作権トラブル対策

1. はじめに

著作物を購入した場合、その物理的な所有権は買主に移転します。しかし、美術作品や写真などの著作物に関しては、著作権の諸権利ー具体的には複製権(著作権法第21条)、上映権(同法第22条の2)、公衆送信権(同法第23条)、展示権(同法第25条)などーは必ずしも当然に買主へ移転するわけではありません。著作権は著作物を創作した著作者(またはその承継人)に帰属し、売買によっては移転せず、別途「著作権譲渡契約」を締結しない限り、原則として著作権は作者側に残るのが通常です。

そのため、買主が作品を「どのように利用するか」については、作者との契約あるいは著作権法の規定との調整が問題となります。特に美術作品の場合、「展示権」が争点になることが少なくありません。本稿では、著作権法における展示権の基本的な仕組みとその制限、そして売買契約または利用許諾契約において設定された約束に違反した場合の法的効果などを検討いたします。


2. 展示権とは何か

著作権法第25条は、著作権者に対し「美術の著作物等を展示する権利」(展示権)を専有的に認めています。具体的には、美術の著作物(絵画、彫刻、工芸など)や未発行の写真の著作物を公衆に対して直接見せる行為をコントロールする権利を指します。

美術作品は現物を購入して所有権を得ることができますが、著作権は作者に留保されることが多く、展示権を含む著作権の行使には、購入者側が注意を払う必要があります。もっとも、著作物の現物を所持している者が、それを私的な範囲で飾るだけであれば、著作権の制限規定として認められる場合や、公衆向けに該当しない場合もあり、通常の鑑賞行為としては直ちに問題にならないケースも多いといえます。

しかし、「公衆に向けて展示を行う」ーたとえばホテルのロビーやギャラリー、飲食店等の壁面など、不特定または多数の人が出入りする空間で作品を掲示する場合ーは、公衆に対する直接的な提示とみなされるおそれがあります。そのため、購入者側が作品の現物を所有しているという事実だけで当然に「展示権」の行使が許されるとは限らず、契約条件や法規定に照らして適法性を検討する必要があります。

3. 著作権法上の展示権の制限

著作権法上、展示権についてはいくつかの制限が規定されています。特に、美術の著作物の場合、著作権法第45条以下で一定の例外規定が設けられています。代表例として、著作権法第45条では「美術の著作物の所有者等は、公に展示することができる」と定められています。すなわち、「美術の著作物の所有者」は、著作権者の許諾を得なくても「公に展示」できるというのが原則です。

もっとも、既に契約などで別の定めがある場合には、法定の一般原則より契約条項が優先されることもあります。特に購入時の契約書に「営利目的での展示を行わないこと」といった制限条項があれば、所有者であってもそれに従わなければなりません。

また、公共の場所での展示に該当するか、イベントやビジネス用途として紹介する場合など、販売促進を目的とした展示か否かによっても法的評価が変わる可能性があります。著作者の人格権(同一性保持権や名誉声望保持権)にも影響を与えうる展示方法の場合、事前の許諾が必要となることもあり、細心の注意が必要です。

4. 契約上の約束違反と法的な位置づけ

著作権法上の「展示権」に関しては、法定の原則と制限規定がある一方で、契約上の制限ーいわゆる「利用許諾契約」や「購入時の付随条項」ーが存在する場合があります。買主が作品を購入するときに、「この作品を第三者に対して複製・配布・展示することは禁じる」「営利目的での使用は認めない」「オーナー個人のプライベートスペースに限定する」などの特約をつけるケースがそれにあたります。

民法上、契約は当事者間の合意によって成り立つものであり、有効に成立した契約には原則として拘束力があります。したがって、著作権法の制限規定によって本来は許容される行為であっても、契約で別途制限されていれば、それに違反することは「約束違反(債務不履行)」「契約違反」に該当する可能性が高いといえます。

契約違反が生じた場合、著作権者からは差止請求や損害賠償請求がなされる恐れがあります。購入者としては、作品の商業的活用や展示目的を事前に作者あるいは権利者と十分協議し、合意形成することが重要です。

5. 公衆送信権・複製権など周辺権利との関係

展示権は、美術の著作物や未発行の写真の著作物を「直接公衆に見せる」権利をコントロールするものです。一方、インターネット上で作品を公開する行為には、公衆送信権(著作権法第23条)や送信可能化権などが関係してきます。また、作品をパンフレットに掲載するために複製する場合は複製権(同法第21条)が問題となります。

例えば、ホテルのウェブサイトに写真を掲載して「当ホテルではこのようなアート作品を展示しています」と宣伝する場合、作品そのものの画像を複製・送信する行為が生じるため、展示権のみならず複製権・公衆送信権の観点で著作権侵害が問題化する可能性があります。
したがって、単に「展示してよいか否か」を検討するだけでなく、広報や宣伝のためにインターネットで紹介する行為にも権利処理が必要となる点に注意が必要です。

6. ホテルにおける作品展示の具体的問題点

(1) 不特定多数の観覧

ホテルのロビーや客室は、一定数の宿泊客や訪問者が出入りする不特定又は多数人向けの空間である場合が多いです。そのため、ホテルでの常設展示は「公の展示」に当たりやすく、著作権法が規定する展示権の対象となります。

(2) 契約書の確認不足

作品を購入する際に、契約条項を詳細に確認せず、のちに「営利目的の展示は禁止されていた」ことが判明する場合があります。特に、海外の画家との取引においては言語面・文化面の違いから理解不足に陥りやすく、後日トラブルに発展するリスクがあります。

(3) 損害賠償・差止請求の懸念

もし契約違反が生じた場合、著作権者から差止請求を受ける可能性があります。また、継続的に展示をしていた場合には「契約違反に基づく損害賠償」を請求されるおそれがあるため、被害額や逸失利益の算定方法など、紛争が複雑化する要因が潜んでいます。

7. 契約違反の効果(損害賠償・差止請求など)

(1) 差止請求

日本の著作権法上、著作権者はその権利が侵害されている(または侵害されるおそれがある)場合、侵害行為の差止めを求めることができます(同法第112条第1項)。契約違反によって無許諾の展示が行われているときは、著作権侵害として差止を請求される場合もあれば、契約上の義務違反に基づく差止が求められる場合もあります。

(2) 損害賠償請求

債務不履行(民法第415条)や不法行為(民法第709条)として損害賠償を請求される可能性もあります。契約違反により著作者が被った損害額を立証することは容易でない面もありますが、裁判に至った場合、売買契約書や利用許諾契約書の内容、展示期間や展示による利益等が考慮されると考えられます。海外作家の場合は国際的な紛争処理の問題も発生しうるため、契約準拠法や国際裁判管轄の合意などを事前に明確にしておくことが望ましいでしょう。

(3) その他の不利益

著作者との関係悪化による今後の取引・作品提供の停止リスク、ホテルの信用低下や評判リスクなど、法的請求とは別の現実的な不利益が生じる可能性もあります。特に、著作物に関わるビジネスを継続していきたい場合、作品の作者やギャラリー等との良好な関係を維持することが重要となります。

8. 実務上の注意点とまとめ

(1) 作品購入時の契約条項の確認
作品を取得する際には、価格や引渡し条件だけではなく、「利用許諾範囲」「展示の可否」「営利目的での展示や転貸、二次使用の制限」などが契約書に記載されていないか、十分に確認する必要があります。特に海外作家やギャラリーとの取引では、言語や法制度の相違を踏まえ、弁護士などの専門家を通じて書面を精査することが重要です。

(2) 許諾条件の合意形成
仮にホテルのロビーに展示するなど、公衆が目にする形での利用が想定されるのであれば、事前に著作者または権利者から書面で許諾を得るのが望ましいといえます。その際、「展示可能な期間」や「作品の状態管理」「万が一損傷等が起きた場合の責任」などについても取り決めを行うことで、トラブルを未然に防ぎやすくなります。

(3) 無断での宣伝行為のリスク
作品をホテルの集客・広告素材として使用したい場合、単に物理的に展示するだけでなく、SNSやウェブサイトなどで作品画像を公開する行為も含まれます。これらの行為は展示権の範囲を超え、公衆送信権や複製権の問題を引き起こしかねません。事前の協議と契約で「インターネット上への掲載」の可否や方法を取り決めることが必須です。

(4) トラブル発生時の交渉方針
万が一、著作権者から「契約違反だ」と指摘を受けた場合は、まずは事実確認と契約内容の精査を行い、誠実に協議をする姿勢が求められます。著作権侵害や約束違反が明白であれば、速やかに展示を取り下げるなどの対応を検討しつつ、損害算定や和解条件を協議することになるでしょう。

(5) リスク回避のための専門家の活用
契約書の作成や事前の法的リスク確認には、著作権法や契約法に明るい弁護士・弁理士・司法書士などの専門家を活用することが効果的です。特に美術著作物の場合は、各種特例規定や契約慣行が複雑な側面もあるため、事前に相談することで後日の紛争リスクを最小限に抑えることができます。

まとめ

以上のように、美術作品の展示と著作権・契約上の約束をめぐっては、著作権法上の展示権の制限規定当事者間の契約条項の双方を勘案する必要があります。著作権法第46条には「美術の著作物を所有している者は公に展示できる」との原則が定められていますが、契約で別段の定めがある場合はその合意が優先されます。ゆえに、購入者は物理的な所有権を得たからといって自動的に自由な展示行為が許されるとは限りません。

また、契約違反が認められると、差止請求や損害賠償請求の対象となり得るだけでなく、作者との信頼関係の破綻や reputational risk(評判リスク)など、事業において大きな痛手を被るおそれもあります。したがって、購入時あるいは展示を企画する段階から、「どのような場所・方法で展示するのか」「営利目的に該当するか」などを明確にし、著作者または権利者との間で合意を取り付けておくことが、最もリスクを避ける近道と言えましょう。

実務上は、作品を購入した段階で所有者がどのように利用できるのか、契約書の文言や著作権法の諸規定に照らし合わせ、早い段階で専門家と相談するのが賢明です。とりわけホテルや商業施設での展示は、利用の公衆性が高く、営利と結びつきやすい性質を持ちます。単なる鑑賞目的なのか、集客や宣伝という営利目的かによって法的な評価が変化するため、安易な推定で行動することは大きなリスクにつながります。

総じて、契約・著作権法の両面から「展示権の制限」と「約束違反」に留意することが、トラブル防止と円滑な運用を実現するために不可欠です。今後、作品の購入や展示の機会が増えるにつれて、こうした問題はますます顕在化するでしょう。作品をめぐる権利関係と利用場面を丁寧に検討し、当事者間の合意を明確にすることが、創作者と鑑賞者の双方にとって有益な結果をもたらすと考えます。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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