懲戒請求書事件(知財高裁令和3年12月22日判決・裁判所ウェブサイト)

事案の概要

この判決は、2021年12月22日に知的財産高等裁判所によって言い渡されたもので、著作権および著作者人格権に関する重要な法的問題を取り扱っています。原告は、被告によって、自身の懲戒請求書が無断でインターネット上に公開されたことが著作権および著作者人格権の侵害にあたるとして訴えを提起しました。具体的には、被告が懲戒請求書をPDFファイルとして複製し、ブログに掲載した行為が、著作権法に基づく公衆送信権および著作者人格権(公表権)の侵害に該当すると主張しました。

一審判決は、原告の主張の一部を認め、被告に対して該当するPDFファイルの削除を命じましたが、それ以外の請求は退けました。原告及び被告の双方が控訴しました。

主要な争点

この訴訟で問題となった主要な争点は以下のとおりです。

  1. 懲戒請求書の著作物性
  2. 引用の適法性
  3. 権利濫用の成否
  4. プライバシー権の侵害

それぞれの争点について詳しく解説します。

1. 懲戒請求書の著作物性

懲戒請求書が著作権法上の「著作物」に該当するかどうかが、本件での主要な争点の一つです。著作権法第2条1項1号では、著作物を「思想または感情を創作的に表現したもの」と定義しています。裁判所は、懲戒請求書には一定の創作性があり、原告の思想や感情が表現されていることから、著作物として認められると判断しました。

この判断は、法的文書や行政文書の著作物性に関する基準を示すものであり、今後の類似事例における判断基準として重要な意味を持ちます。具体的には、単なる事実の羅列や定型的な表現ではなく、独自の表現が含まれている場合には、著作物として認められる可能性があるということです。

2. 引用の適法性と公表の要件

著作権法第32条1項では、「公表された著作物は、引用して利用することができる」とされています。被告はこれに基づき、懲戒請求書の引用が適法であると主張しました。しかし、裁判所は、懲戒請求書が「公表された著作物」には該当しないため、引用の適法性は認められないと判断しました。

「公表」とは、著作権法においては、著作物が公衆に提供され、閲覧可能な状態に置かれることを指します。本件においては、懲戒請求書は特定の目的で弁護士会に提出されたものであり、広く公衆に提供されたものではないため、公表された著作物には該当しないと判断されました。この判断により、引用が適法であるとする被告の主張は認められませんでした。

この判断は、引用に関する法的基準を明確にするものであり、特に法的文書や限られた範囲で使用される文書の取り扱いに関して、今後の法的判断において重要な前例となります。

3. 権利濫用の成否

権利濫用の成否は、本件において非常に重要な争点です。被告は、原告が自身の懲戒請求書を産経新聞社に提供し、それがニュースサイトに掲載されたことを理由に、原告の権利行使は権利濫用にあたると主張しました。裁判所は、この主張を認め、原告の権利行使は権利濫用に該当すると判断しました。

権利濫用の概念は、民法上の原則であり、権利が不正または不合理に行使された場合には、その行使が認められないというものです。本件では、原告が自らの意思で懲戒請求書を第三者に提供し、それが広く報道された状況において、原告が著作権や著作者人格権を行使することは公正さを欠くと判断されました。

この判断は、著作権や著作者人格権がどのように行使されるべきかについての重要な基準を提供します。特に、権利行使が不正または不合理と見なされる場合、権利濫用として無効とされる可能性があることを示しています。これにより、著作権者や著作者が権利を行使する際には、相手方の権利や利益とのバランスを考慮する必要性が強調されました。

4. プライバシー権の侵害

プライバシー権の侵害も、この判決で検討された重要なポイントです。原告は、懲戒請求者として自身の氏名が公表されたことがプライバシー権の侵害に当たると主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。裁判所は、懲戒請求者の氏名が公表されることは、懲戒制度の性質上、正当化されるべきものであると判断しました。

この判断は、プライバシー権の範囲と限界についての重要な示唆を提供しています。特に、公共の利益に関わる情報がどのように扱われるべきかについて、法的な基準を示しており、今後の類似のケースにおける判断基準として機能する可能性があります。

判決の法的意義と今後の影響

この判決は、著作権法や著作者人格権に関する法的議論において重要な前例となると考えられます。特に、以下の点において法的意義があるといえます。

  1. 法的文書の著作物性の認定基準: 法的文書や行政文書に対する著作物性の認定基準が明確化されました。今後、同様の文書が著作物として保護されるかどうかの判断基準として活用されるでしょう。
  2. 引用の適法性に関する基準の明確化: 引用が適法であるための「公表」の要件が明確に示されました。これにより、引用の適法性が争点となる場合に、この基準が参照されることになります。
  3. 権利濫用に関する基準の確立: 権利濫用の成否が明確に判断されたことで、著作権や著作者人格権の行使において、公正さや合理性が重要視されることが確認されました。これにより、今後の訴訟においても、この基準が適用される可能性があります。
  4. プライバシー権と公共の利益のバランス: プライバシー権と公共の利益とのバランスに関する重要な判断が示されました。特に、公的な手続きや行為に関連する個人情報の取り扱いについて、法的な基準が提供されています。

結論

この判決は、著作権や著作者人格権、プライバシー権に関連する重要な法的問題について、多くの示唆を与えるものです。判決が示した法的基準は、今後の類似事例においても適用される可能性が高く、特に法的文書やプライバシー権の取り扱いにおいて重要な指針となるでしょう。著作権者や著作者、さらには法的手続きを行う当事者は、この判決の意義を十分に理解し、今後の行動に活かしていくことが求められます。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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