東武鉄道ポスター事件:写真無断利用の著作権判例解説

〔判例解説〕さいたま地判令5・2・8(東武鉄道ポスター事件)
― 写真の無断加工・利用と翻案権・著作者人格権侵害 ―

 本稿では、令和5年2月8日に言い渡された、いわゆる「東武鉄道ポスター事件」(さいたま地判令3(ワ)第847号)につき、その事案の概要・裁判所の判断・論点の整理を行います。インターネット上に公開されていた鉄道写真の無断加工・利用に関して、著作権(翻案権)侵害および著作者人格権侵害が認められた事例として、写真著作物の著作物性や翻案行為の判断枠組み、使用者責任・従業員の行為との関係、そして写真に書き込まれたURLが「変名」に当たるかどうかなど、多様な論点を含む興味深い判決です。以下、判決内容や補足解説を交えつつ検討していきます。

1. 事案の概要

(1) 当事者と背景

  • 原告X
    原告Xは鉄道写真の撮影・編集を行い、自身が運営するウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」といいます)に作品を公開している方です。本件で問題となった複数の写真(以下「本件各写真」といいます)について、著作権と著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)を有すると主張しました。

  • 被告Y1(東武鉄道株式会社)
    被告Y1は、主に関東地方で鉄道を運営している一般運輸事業会社です。

  • 被告Y2(東武ステーションサービス株式会社)
    被告Y2は鉄道事業や広告宣伝事業などを目的とする株式会社であり、Y1の子会社です。駅業務の管理や広告物の制作・掲示などを行っています。

  • 従業員A
    本件でポスターを制作した従業員AはY2に所属しており、Xに無断で写真を利用・加工したことが争点になりました。

(2) 写真の特徴

本件各写真(1~7)は、いずれもY1が運行する鉄道車両の横からの姿を写したものです。ただし、単なる「一瞬のスチル写真」ではなく、動画を撮影し、そこから1コマごとに切り出し、それらを重ねて横長の写真に仕上げるという特殊な技法が用いられています。Xはこれらの写真を自身のウェブサイトにアップロードし、写真の右下に自らのウェブサイトURL(以下「本件URL」といいます)を記載していました。

(3) 被告側の無断利用

Y2の従業員Aは令和2年10月頃、Xの承諾なく本件各写真を取り込んで背景を切り取り、窓部分にぼかしを入れるなどの加工を施したうえ、他のイラストやキャラクター、文言と組み合わせて複数のポスター(以下「本件各ポスター」といいます)を作成しました。そしてY2は、そのポスターをY1の駅構内に掲示していました。

Xがこれを発見してYらに連絡したところ、Yらは翌日に該当ポスターを撤去しました。しかし、Xは不法行為に基づいて損害賠償ウェブサイト上での訂正記事掲載を求めて提訴したのです。

画像
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20230208003223.html?iref=pc_photo_gallery_next_arrow
より引用(朝日新聞)
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https://www.asahi.com/articles/photo/AS20230208003223.html?iref=pc_photo_gallery_next_arrow
より引用(朝日新聞)

2. 裁判所の判断

(1) 写真の著作物性

裁判所はまず、写真の著作物性に関する一般的な基準を述べました。写真においては、被写体の選択や構図、光線、シャッターチャンス、背景などに創作性が認められる場合には、著作物として保護されるという基準です。本件では、

  • 走行中の鉄道車両を動画撮影し、1コマずつ切り出した画像を編集して1枚の横長写真にまとめていること

  • 撮影場所、角度、光線の当たり方などをXが工夫していること

これらの事情から、本件各写真にはX独自の創作性が現れていると認定しました。被告側の「単なる車両の側面写真でありふれている」という反論は認められず、本件各写真は著作物性を有すると判断されたのです。

(2) 翻案権侵害(著作権法27条)

次に、本件各ポスターの制作行為について、裁判所は「背景を切り取ったり、窓枠をぼかしたりしていても、Xが撮影した車両側面の表現上の本質的特徴が維持されている」と認定しました。
「既存の著作物に依拠し、表現上の本質的特徴を保ちつつ、創作的な修正・増減を施して二次的著作物を作成する行為」は翻案に当たります。本件ではまさにこの要件を満たすため、従業員Aが行ったポスター制作は翻案権を侵害すると結論付けられました。
ただし、本件写真7の星印部分のみを切り抜いたケースなど、背景や光線などの創作性が失われた部分については翻案権侵害を否定しています。

(3) 著作者人格権侵害

(ア) 同一性保持権

裁判所は、本件各ポスターの制作時に写真の背景削除や一部切除などを施したことを「著作者の意に反する改変」とみなし、同一性保持権の侵害を認めました。

(イ) 氏名表示権

Xは写真の右下に本件URLを書き込んでいました。本件URLを削除してポスターを作成・掲示したことにより、氏名表示権が侵害されたと主張しています。
裁判所は、著作権法19条1項の「変名」とは、著作者名として機能する実名以外の名称を指すと解釈しました。本来的にはURLはウェブサイトの所在を示す記号ですが、本件のようにURLが著作者名としての機能を果たす場合は「変名」に該当しうるとしています。そこで、本件URLを削除して利用した行為は氏名表示権の侵害に当たる、と判断しました。

(4) 被告Y2の責任

ポスターを制作した従業員AはY2に所属しており、Y2自身が鉄道事業や広告宣伝事業の過程でAに制作を委ねていたとみなされました。Xとの交渉過程でも、Y2がチェック体制を十分にとっていなかった事実がうかがえます。
したがって裁判所は、Y2に業務上の過失があるとして不法行為責任を認めました。

(5) 被告Y1(東武鉄道)の責任否定

親会社であるY1が、Y2の違法行為について監督義務違反などを問われましたが、裁判所は認めませんでした。一般に親会社は子会社の従業員の業務に直接的な責任を負うわけではなく、本件でもY1に具体的な違法行為があったとはいえないと判断したのです。
また、著作権法113条に定める間接侵害(頒布)の該当性についても否定し、本件ポスターの撤去がすみやかに行われている点なども勘案してY1の責任を否定しました。

(6) 結論:損害額と名誉回復措置

  • 損害賠償額
    Xは写真7点について1枚5万円、合計35万円の通常使用料や違約金相当額などを主張していました。裁判所は、1枚5万円×6点の30万円を「使用料相当額」として認め、さらに著作者人格権侵害による慰謝料として20万円を加算し、合計50万円としました。
    URL削除などに対する懲罰的な違約金請求については認めませんでした。

  • 名誉回復措置(訂正記事掲載)
    XはY1・Y2のウェブサイトに訂正記事を2年間掲載するよう求めました。しかし裁判所は、既に新聞報道やXの自らのサイトでの説明により名誉は回復されているとして、この請求を認めませんでした。

結果として、Y2に対し合計50万円の支払いを命じ、Y1への請求や名誉回復措置請求は棄却となりました。

3. 検討・解説

(1) 写真の著作物性と動画編集

本判決は、いわゆる「写真の著作物」の一般論を繰り返しつつ、本件各写真にも創作性を肯定しました。従来、写真著作物の創作性は「構図・光線・シャッターチャンス」などに現れるとされますが、本件のように動画を1コマずつ切り出して合成し、背景をつないで作成するという手法は、通常のスチル撮影とは異なる工程を含みます。そのため「編集行為」による創作性があるかどうかがポイントでした。
判決は撮影場所・光線・アングルなどXの個性が写真に残ると認定し、被告からの「ありふれた車両写真だから著作物でない」との主張を排斥しました。もっとも、動画素材から合成する場合には“忠実な再現”を目指す作業も多く、通常の芸術写真ほどの個性的表現が発揮されない面もあると考えられます。しかし、完成物としての写真から光線や背景の選択が一定の独自性を有すると判断すれば、著作物性を肯定するのは妥当といえましょう。

(2) 翻案行為と掲示行為の問題

著作権法27条が保護する翻案権は「あくまで翻案という創作行為」に及ぶ権利であり、作成後の二次的著作物を利用する行為は著作権法28条の問題となります。本件判決も争点2で翻案権侵害を認めつつ、実際には「制作」行為に着目しています。
一方、Y2がポスターを駅に掲示した行為自体は翻案行為そのものではなく、二次的著作物の利用行為に当たる可能性があります(展示権の問題など)。判決文では翻案と掲示をやや混同している部分もあり、理論構成としては使用者責任(民法715条)や手足論などで「Aの行為=Y2の行為」とみる方向が整理しやすかったかもしれません。
もっとも裁判所は、Y2が「従業員による著作権チェックを怠り、無断利用がなされたままポスターを掲示した点」を重視し、不法行為責任を肯定しました。この点は、他社作成の広告物を利用するときの注意義務に関する議論を想起させますが、本件ではAはY2の被用者そのものであり、自社社員の業務過程での無断利用という点で、さらに厳格に責任を問う余地があるともいえます。

(3) URLは「変名」となるか

氏名表示権(著作権法19条)において、著作者名義が表示されていたかどうか、特に本件URLが「変名」といえるかが争点となりました。判決は「インターネット上における表現手段として、URLが著作者名を示すこともありうる」としてこれを肯定しています。
実務的にはやや踏み込んだ判断です。URLは本来ウェブサイトの所在を示すものですが、本件のように著作者が「自分の著作者名義」としてURLを一貫して用いている事情があれば、第三者がこれを削除して利用することは氏名表示権侵害に当たりうる、ということになります。
一方、「社会通念上、URLが著作者名義だと認識される状況なのか」「実際には、写真に著作者名が付されていなかっただけなのでは」という疑問もありうるところです。判決はXが意図的にURLを記載している点を重視し、本件では侵害を認めました。

4. まとめ・今後の実務への示唆

本件判決は、以下のような点で今後の実務に示唆を与えると考えます。

  1. 写真著作物の創作性
    通常のスチル写真に限らず、動画編集など特殊な工程で制作された画像でも、構図や光の扱い、編集手法に創作性が認められれば著作物として保護される可能性が高いです。

  2. 翻案権と利用行為の区別
    二次的著作物の制作行為(翻案)と、その後の利用行為は本来別個に検討すべきです。実務上は使用者責任やチェック体制が問われることが多く、組織的な著作権コンプライアンスの重要性が再確認されます。

  3. URL削除による氏名表示権侵害
    オンラインにおける著作者表示方法としてURLやSNSアカウントが使われるケースが増えています。本件のように、著作者がその手段で一貫して表示している場合、それを消去して利用すると権利侵害と判断されるおそれがあります。

鉄道写真という比較的ニッチな題材ですが、本件はインターネット上の写真無断利用問題の代表例の一つといえます。今後も、ウェブ上のコンテンツ利用に際しては「ありふれた被写体なのかどうか」「どの程度改変したか」「著作者表示はどうなされているか」「企業内部のチェック体制は十分か」などを注意深く検討しなければならないでしょう。
本判決が示すとおり、単純な無断転用・加工であっても翻案権や著作者人格権の侵害が成立しうること、企業の従業員が関与する場合には、その会社も法令順守の観点から責任を負う可能性があることを改めて認識する必要があります。

おわりに

本件は、鉄道ファンによる特殊なサイドビュー写真という個性的な題材ながら、近年増加する「SNSやウェブ上の写真を無断で加工・利用してしまう」ケースを象徴する判決といえます。翻案権侵害・同一性保持権・氏名表示権といった著作権法固有の権利侵害の要件を丁寧に確認する必要があるほか、会社組織としてのチェック体制、コンプライアンスへの意識がますます求められていることが示されました。
また、URLを変名表示として扱う点は判例上特に目新しい論点であり、インターネット時代の氏名表示権のあり方を考えるうえで興味深い判断となっています。今後もウェブ上のコンテンツの扱いに関して、引き続き各種の論点やトラブルが生じうることから、本件判決の視座を踏まえつつ、適切な法的リスク管理を行うことが重要といえるでしょう。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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