著作権で勝てない…でも諦めない:一般不法行為(民法709条)が成立する条件と裁判例(北朝鮮事件・バンドスコア・囲碁将棋)

――北朝鮮事件最判後の「壁」と、近時の肯定例(バンドスコア/囲碁将棋チャンネル)から学ぶ実戦的チェックポイント

「相手のやり方は明らかに不公平に見えるのに、著作権侵害としては決め手に欠ける」。
ネット上の創作・配信・サービス運営では、こうした“もやもや案件”が珍しくありません。

そこで候補に上がるのが、民法709条(不法行為)です。もっとも、709条は何でも救う“万能条項”ではありません。特に、著作権法が保護しない(あるいは保護が及びにくい)対象について、民法で同じように「使わせない」「損害賠償を取る」を実現してしまうと、著作権法が予定している利用の自由が削られかねません。

この点を強く意識させるのが、いわゆる北朝鮮事件の最高裁判決(最判平成23年12月8日・平成21年(受)第602号・第603号・民集65巻9号3275頁〔北朝鮮事件〕・裁判所ウェブサイト)です。
同判決は、著作権法の保護対象外とされた創作物の利用については、原則として不法行為は成立しない方向を示し、その後、厳格に判断されるようになったと言われています。

ただし近時、下級審で「著作権の議論とは別の形で」不法行為を認めた注目例が出ています。以下、分かり易く解説します。

1 まず押さえたい結論:709条で勝つには「守りたい利益」を言い換える必要があります

北朝鮮事件最判が示した発想は、乱暴に言うとこうです。

  • 「著作権で独占できない対象」を、

  • 民法で“同じノリ”で独占させるのは慎重であるべき。

したがって、709条で組み立てるときは、著作権の言い換えに見えない形で、被侵害利益を再定義する必要があります。典型は、次のようなものです。

  • 収益の仕組み(有料配信・会員制・ライセンス等)が壊された

  • 顧客が奪われた/売上が落ちた(営業利益の侵害)

  • 信用が落ちた/取引が妨害された(信用・営業の侵害)

ここを曖昧にしたまま「努力が盗まれた」と言っても、争点が結局“独占したい”に戻ってしまい、北朝鮮事件最判の壁に当たりやすくなります。

2 裁判所が見ているポイントは、実務的には「二段階」で整理できます

近時の裁判例の整理として、次のような二段階で捉えるのが分かりやすい、という説明がされています。

第1段階:その主張は“著作権の代替”になっていないか

最初に、「守りたい利益」が、実質的に“情報・表現を独占して得る利益”ではないかを点検します。
ここで引っかかると、709条で救済すること自体が難しくなります。

第2段階:相手の“やり方”は、公正な競争の範囲を外れていないか

次に、手段・態様を具体的に見て、「勝負のルールを壊す行為」と評価できるかを検討します。
特に、在職中の背信や虚偽説明による妨害、資産流用のように、情報の独占と無関係に違法性を説明できる行為では、知財法との衝突をあまり気にせず709条で評価しやすい、という整理もあります。

この「二段階」は、二者択一ではなく、外枠(代替になっていないか)と内枠(やり方の不当性)を重ねて判断するイメージです。

3 肯定例①:バンドスコア事件(東京高判令和6年6月19日)――“大量・組織的模倣→無料公開→顧客奪取”の一本線

3-1 事案のざっくり図解

バンドスコア事件(東京高判令和6年6月19日・令和3年(ネ)第4643号〔バンドスコア事件〕)は、次のような構図です。

  • 被告が、原告の販売するバンドスコアを元に、計579曲分のスコアを作成して

  • ウェブサイトで無料公開し

  • 広告収入を得ていた。
    さらに、被告が579曲すべてについて原告スコアを購入し、採譜担当者に送付して作らせていた点が認定されています。
    そして原告は、著作物性を前提にした主張を置いていない、という立て付けでした。

3-2 裁判所が「不法行為」と評価した骨格

裁判所は北朝鮮事件最判の枠組みを正面から意識しつつ、バンドスコアは著作権法上の著作物に当たらないとした上で、模倣・公開の行為を、次の要素で評価しています。

  • 採譜に投じた時間・労力・費用や、技能獲得コストに“ただ乗り”する側面

  • 営利目的で、公正な競争秩序を害する手段・態様で市場に入り込んでいる点

  • 顧客を奪う形で、相手方の営業上の利益を害する点

その上で、「著作物利用の利益とは別の利益が侵害された」として、特段の事情を認めた、という整理です。

3-3 この事件からの実務メモ(同種トラブルに“刺さる”主張)

バンドスコア事件の学びは、「似ている」だけでなく、模倣の工程と市場の奪い方をつなげることにあります。実務的には、次のような素材が効きます。

  • 模倣の工程:購入履歴、送付指示、作業体制、統一方針(偶然ではない)

  • 市場の奪い方:無料公開の開始時期、アクセス推移、売上推移、検索順位の影響

  • 営利性:広告導線、収益化の実態

  • 反復性:同様行為の継続(やめない/増やす)

「努力が盗まれた」ではなく、市場を食うための仕組みとして模倣が使われていると描けるかが勝負になります。

4 肯定例②:囲碁将棋チャンネル事件(大阪高判令和7年1月30日)――“リアルタイムの価値”を同時に無料提供すると何が起きるか

4-1 事案の骨格

囲碁将棋チャンネル事件(大阪高判令和7年1月30日・令和6年(ネ)第338号・第1217号・裁判所ウェブサイト〔囲碁将棋チャンネル事件〕)は、プロ棋戦の有償配信を視聴して得たリアルタイムの棋譜情報を、ほぼ同時に無料で配信した行為が問題になった事案です。
(参考:原審は大阪地判令和6年1月16日・判時2620号59頁)。

4-2 裁判所が積み上げた“違法性の材料”

大阪高裁は、まず棋戦運営の収益構造(配信許諾料等で運営費を賄い、配信事業者も有償配信対価から利益を確保する)を前提に置きます。
その上で、無料同時配信が有償配信の代替になり得るため、アクセス数・売上の減少が認められること、同種行為が広がれば収益モデルが成り立たず棋戦存続にも影響し得ることを指摘しています。
さらに、相手方への不利益を理解していた事情や、言動から害意がうかがわれる点まで評価しています。

4-3 境界線:この判決は“何でも違法”と言っているわけではありません

この事件で違法性の支柱として重視されたのは、①リアルタイム性(時間価値)、②有償配信需要の侵食による運営モデルの実質的阻害、③主観面(害意)の3点が重なったことだ、と整理されています。
したがって、射程はリアルタイム同時配信に限定して読むべき、という見方が示されています。

実際、関連して「当日の配信ではあるがリアルタイムではない」棋譜情報の利用について不法行為を否定した裁判例もあります(知財高判令和7年2月19日・令和6年(ネ)第10025号・裁判所ウェブページ)。
つまり、同じ“棋譜”でも、同時性(どれだけ“代替”になってしまうか)が結論を分ける可能性がある、ということです。

4-4 配信者・運営側の実務メモ(証拠はここを押さえる)

この類型で強いのは、次の4点です。

  • 収益構造:何が運営費を支えているか(資料で)

  • 代替性:無料同時配信により有償配信の代わりになっていること(数字で)

  • 継続・拡散リスク:同種行為が広がるとモデルが崩れる(合理的説明)

  • 認識:不利益を理解していた、警告後も継続した等(主観面)

5 “うまくいかなかった例”から学ぶ:709条が「著作権の言い換え」に見えると苦しい

肯定例を見るだけだと、「不公平なら709条で何とかなる」と誤解しがちです。そこで、否定例から“落とし穴”を確認します。

5-1 旅nesPro事件(東京地判平成26年3月14日)――守りたい利益が“著作権で守れない利益”と同質だと見られる

データベースをめぐる事案で、東京地判平成26年3月14日(平成21年(ワ)第16019号・裁判所ウェブページ〔旅nesPro事件〕)は、原告が主張する利益は結局、著作権法が保護しない利益と異ならず、さらに流用割合が相当に低いなどの事情から、自由な競争の範囲を外れたとも言えないとして不法行為を否定しています。

ここからの教訓はシンプルです。
「データを使われた=違法」ではなく、守りたい利益が“独占の言い換え”に見えないように構成できるか、さらにやり方が悪質で市場を壊したと言えるかが必要になります。

5-2 ディスプレイフォント事件(大阪高判平成26年9月26日)――“使わせる/使わせないを自由に決めたい”は、そのままだと独占の主張に見える

フォントの無断使用に関して、大阪高判平成26年9月26日(平成25年(ネ)第2494号・裁判所ウェブページ〔ディスプレイフォント事件〕)は、権利者の主張が「他人が適法に使用できるか否かを自由に決められる」という趣旨に近く、独占的利用利益の主張に等しい、と整理されます。
また、仮に営業妨害性を広く認めていくと、結局は“無断使用の継続=ライセンスビジネスの妨害”という形で、著作権法が保護しない独占利益との区別が難しくなる、という懸念も指摘されています。

この類型の教訓は、709条で言うなら「独占したい」ではなく、別の壊れ方(取引妨害、虚偽説明、信用毀損など)を具体的事情で立てないと通りにくい、という点です。

6 営業秘密(不競法)が絡む場面:要件が欠けると、709条での“救済”も簡単ではありません

不正競争防止法(不競法)で争うときは、営業秘密性(秘密管理性など)の要件が問題になります。ここで要件を満たさなかったからといって、当然に709条で救えるわけではありません。

たとえば、知財高判令和元年9月20日(平成30年(ネ)第10049号・裁判所ウェブページ〔高性能多核種除去技術事件〕)は、営業秘密性が否定された事案で、営業秘密に当たらない情報の使用利益は原則として保護対象にならない、そして「営業秘密の使用利益とは別の保護利益」が侵害されたなどの事情がない限り不法行為を構成しない、と判示したと紹介されています。

実務的な感覚としては、不競法の“要件の抜け道”として709条を使うように見えると、強い抵抗が出やすいということです。
近時、一般不法行為の肯定例が広がる中でも、不競法の要件構造が空洞化しないかのチェックが重要だ、という指摘もあります。

7 ここが勝負:709条で通しやすい「4点セット」(テンプレ)

最後に、著作権で勝ち切れない局面で、709条を現実的な選択肢にするための“型”をまとめます。実際に相談が来たときも、この4点で棚卸しすると見通しが立ちます。

① 手段・態様(どうやったか)

  • 組織性・反復性があるか(仕組み化、指示、役割分担)

  • 同時性があるか(ライブ同時提供など)

  • 虚偽説明・妨害・資産流用など、情報独占と無関係にアウトと言える事情はあるか

② 代替性(それで“足りる”状態になったか)

  • 無料側で満足でき、有料に行かなくなった(アクセス・売上の連動)

  • 需要を削った結果、運営モデルが揺らぐ(継続リスク)

③ 認識(分かった上でやったか)

  • 警告後も継続、挑発的言動、ダメージを理解していた事情

④ 損害(どれだけ壊れたか)

  • 売上、会員数、広告単価、協賛、問い合わせ対応コスト

  • “いつから、どれだけ”を時系列で(開始時点との対応関係)

バンドスコア事件は①(組織的模倣)と②(無料公開で市場を奪う)を一本線でつなぎ、囲碁将棋チャンネル事件は②(代替性)に①(同時性)と③(認識)を厚く重ねて違法性を組み立てた、と捉えると応用が効きます。

まとめ:著作権で詰め切れないときほど、「何が壊されたか」を具体化する

北朝鮮事件最判は、著作権で保護されない領域を民法で安易に埋めることにブレーキをかけました。
しかし近時、バンドスコア事件や囲碁将棋チャンネル事件では、著作物の独占とは別の次元で、営業利益や収益モデルの侵害として違法性を組み立てる方向が見える、というのがポイントです。

もし今まさに「著作権だと弱いかも」という案件を扱っているなら、まずはテンプレ(①手段・態様→②代替性→③認識→④損害)で事実を整理してみてください。そこから、著作権の主張に寄り過ぎない“709条の筋道”が見えてくるはずです。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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