はじめに

法学部出身の方であれば、有斐閣の「判例百選」シリーズに触れた経験があるかもしれません。重要な裁判例を精選し、各判例に研究者が解説を付すこの教材は、長年にわたり法学教育の中核を担ってきました。

判例百選の表紙には、複数の学者が「編」の表記とともに名を連ねています。しかし、「編」と記載された者が常に著作権法上の「編集著作物の著作者」に該当するわけではありません。

本稿で取り上げる知財高裁平成28年11月11日決定(平28(ラ)10009号)は、表紙に「編」として記されていた大学教授について、編集著作物の著作者性を否定した注目すべき裁判例です。以下では、本決定の判断内容を掘り下げ、編集著作物における著作者の判断枠組みを明らかにしていきます。

基本的な法律知識の確認

編集著作物の定義

著作権法12条1項は、素材の選択や配列に創作性がある編集物を「編集著作物」として保護の対象としています。判例百選のように、多数の裁判例の中からどれを取り上げ、どのような順序で配置するかという判断に独自性が認められれば、それ自体が著作物として保護されるのです。

著作者の推定規定(著作権法14条)

著作権法14条は、著作物に通常の方法で氏名が表示されている者を著作者と推定しています。したがって、書籍の表紙に「○○編」と掲載されていれば、その人物が編集著作物の著作者であるとの法律上の推定が働きます。もっとも、これは反証によって覆すことが可能な推定にすぎません。

共同著作物の概念

著作権法2条1項12号が定める共同著作物とは、複数人が協力して創作し、各人の貢献を分離して独立に利用できないものをいいます。複数の編者が関与した判例百選のような場合には、共同編集著作物の成否が問題となります。

事案の概要

当事者の整理

本件の債権者(相手方Y)は、東京大学大学院の教授で知的財産法を専門とする研究者です。一方、債務者(抗告人)は法律書の出版で著名な有斐閣です。そのほか、A教授、B教授、C教授が編者として名を連ね、D教授が編集協力者として関わっていました。

紛争に至る経緯

有斐閣が刊行する雑誌「ジュリスト」の別冊として出版されてきた著作権判例百選は、平成21年発行の第4版においてA・Y・B・Cの4名が「編」として表紙に記載されていました。

その後、有斐閣が第5版の出版を計画した際、Yは編者から外されていました。これに対しYは、第5版が第4版を翻案したものであり自己の著作権を侵害するとして、第5版の出版差止めの仮処分を申し立てました。東京地裁がYの申立てを認容したことから、有斐閣が保全異議、さらに保全抗告を行い、知財高裁での審理に至ったのが本件です。

知財高裁の判断

著作者性の判断基準

知財高裁は、編集著作物の著作者性について次のような判断の枠組みを提示しました。

まず、素材の選択・配列を現実に行った者が編集著作物の著作者となることは明らかです。加えて、編集方針の策定は素材の選択・配列と不可分一体の関係にあるため、方針決定者も著作者たり得るとしました。

他方で、編集方針や素材の選択・配列について意見を求められて回答したり、他者が行った判断を消極的に承認したりする行為は、直接的な創作行為とは評価し難いとしています。

さらに注目すべき点として、裁判所は外形上同一の行為であっても、行為者の立場・権限や、その行為がなされた時期・状況によって法的評価が異なり得ると指摘しました。すなわち、行為のコンテクスト(文脈)が著作者性判断において重要な意味を持つという考え方を明示したのです。

Y教授の関与についての認定

裁判所は、第4版の編集プロセスにおけるYの関与状況を時系列で精密に検討しました。

まず編者の選定段階において、有斐閣の担当者Eは、体調面の懸念からYが編者として適任ではないと認識していました。A教授もその認識を共有しつつ、東京大学教授というYの立場を考慮して簡単に外すことはできないとして、形式的に編者としました。同時に、A教授はYに対し、原案の作成には関与しないよう強く釘を刺しています。

収録判例の選定・配列の原案はB教授とD教授が中心となって作成し、Yはこの段階に一切関わっていません。原案がYに送付された後、Yは10項目の意見を述べましたが、B教授がそのうち2項目のみを自らの判断で採り入れたにすぎません。

また、Yは特定の実務家1名を外して別の実務家3名を加えるよう提案し、B教授はこれをすべて受け入れました。しかし裁判所は、追加された3名の経歴等からみて、この提案に高い創作性は認めがたいと判断しました。

編者全員が集まった会合では、あらかじめ配布された案に基づく検討が行われ、比較的短時間で終了しました。Yの関与も、提示された判例の追加や配列に賛同した程度にとどまると認定されています。

結論――著作者推定の覆滅

以上の認定を踏まえ、知財高裁はYが第4版の編集著作物の著作者であるとの推定を覆しました。

裁判所は、Yが何ら関与しなかったと述べたわけではありません。意見の一部が反映され、執筆者の提案も採用されている事実は認めています。しかし、これらの行為は著作権法上の「創作的関与」と呼べる水準に達しておらず、Yは実態としてアドバイザー的な立場に置かれ、それに応じた程度の関与を行ったにすぎないと結論づけました。

その結果、著作権法14条の推定にもかかわらずYを著作者とは認定できないとして、原決定を取り消し、仮処分申立てを却下しました。

本決定の意義と実務上の示唆

行為の文脈を重視する判断手法

本決定が示した最も重要な視点は、編集著作物の著作者認定において行為そのものだけでなく、その背後にある文脈(コンテクスト)を考慮に入れるべきだという点です。原案に意見を述べてそれが一部採用されたという外形だけを捉えれば、創作的寄与があったように映ります。しかし、Yが原案作成から排除されていたこと、限定的な権限しか有していなかったことを踏まえれば、それは受動的な対応にすぎないと評価されたのです。

「確定」行為への関与の評価

原審の東京地裁は、素材の最終的な選択・配列を「確定」する行為への関与を根拠にYの著作者性を肯定していました。これに対し知財高裁は、編者会合における「確定」の実質を検証し、完成度の高い原案を追認するに等しいものと評価しました。形式的に最終決定の場に居合わせただけでは、著作者性は基礎づけられないという判断です。

実務への教訓

出版社や企業にとっては、編集著作物の制作において関係者ごとの役割を明確にし、その経過を記録に残すことが不可欠です。本件ではメールのやり取りなどの客観的証拠が紛争の帰趨を左右しました。

編者として名前を掲載される研究者や実務家にとっても、「編」の肩書があるだけでは著作者性が保証されない点を認識しておく必要があります。著作者としての地位を主張するには、素材の選択・配列や編集方針の決定に実質的に携わることが求められます。

まとめ

著作権判例百選事件の知財高裁決定は、「編集著作物の著作者とは誰か」という本質的な問題に対し、明確な判断基準を示した重要な裁判例です。表紙に「編」と名前が載っていても、編集の創作過程に実質的に参画していなければ著作者とは認められません。

また、著作者性の判断においては、行為の外形にとどまらず、行為者の立場や権限、行為時の状況という背景事情まで総合的に勘案することが必要であるとされました。この判断枠組みは、判例百選に限らずあらゆる編集著作物に妥当するものであり、著作権実務に携わる方にとって必須の知識といえるでしょう。

判決情報
知財高裁平成28年11月11日決定・平成28年(ラ)第10009号(保全異議申立決定に対する保全抗告事件)
裁判所HP
判時2323号23頁、判タ1432号103頁

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