ありふれた表現

「ありふれた表現」とは

裁判例を見ていると、ある表現の著作物性(創作性)を否定する場合の表現として「ありふれた表現」という言い方がされます。「創作性が認められる」ことの裏返しの表現なのですが、そのように言われた表現者からすると、気持ちの良い表現ではないことは間違いありません。
「ありふれた表現」とされることが多いパターンは、表現が短く創作性が発揮しにくい場合、アイデアを表現する方法が限定されている場合などがあります。

短文の場合

短文については、「ありふれた表現」と言われることが多いですが、短文だからといって必ずしも創作性が認められず、「ありふれた表現」であるとも言い切れません。
例えば、田村善之教授は、川端康成の小説「雪国」の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という一文の創作性について、「この一文自体は、国境のトンネルを出たならば雪国であったという状態(=アイデア)を文章にすることが決まっているのであれば誰でも思いつく文章の一つであるから創作性を欠く。」(著作権法概説[第2版]15頁)と説明しています。
これに対して、トラキア事件/ファイアーエムブレム事件(東京高判平成16年11月24日・裁判所ウェブサイト)は、傍論ですが以下のように言及しています。

(なお、控訴人らは、例えば小説や文章を単語のレベルまで細分化することの不当性をいうが、文章を構成するいくつかの単語が新規性と表現性に富んだ新造語であるため、全体の作品が創作性と表現性に富むこともあり、また、個々の単語に創作性がないとしても、例えば単語と単語という最小の組合せに特異性があれば(例えば「幸せのかたち」「小さい秋」などが初めて使われたとき等)、創作性や表現性を十分に充足することになろう。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という小説中の一節も、使う単語を厳選して、無数の表現の中からできるかぎり簡明な表現を選択し、その余を読者の類似体験や豊かな感性に託すことにより、高い創作性や表現性を備えるに至ったものであると理解でき、個々の構成部分を考慮することが不要ないし不当とは到底いえないのである。)。

このように、同一の短文であったとしても、使う単語を厳選して、無数の表現の中からできる限り簡明な表現を選択したなどの点から、創作性を認める考え方もあり、創作性のある表現なのか、「ありふれた表現」なのかの区別は明らかではありません。

「ラストメッセージin最終号」事件

「ラストメッセージin最終号」事件(東京地判平成7年12月18日・裁判所ウェブサイト)は、雑誌の休廃刊のあいさつ文を集めて出版された雑誌について、7個のあいさつ文の著作物性を「ありふれた表現」として否定しました。

 ある著作が著作物と認められるためには、それが思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要であり(著作権法二条一項一号)、誰が著作しても同様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き著作物とは認められない。
本件記事は、いずれも、休刊又は廃刊となった雑誌の最終号において、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれたいわば挨拶文であるから、このような性格からすれば、少なくとも当該雑誌は今号限りで休刊又は廃刊となる旨の告知、読者等に対する感謝の念あるいはお詫びの表明、休刊又は廃刊となるのは残念である旨の感情の表明が本件記事の内容となることは常識上当然であり、また、当該雑誌のこれまでの編集方針の骨子、休廃刊後の再発行や新雑誌発行等の予定の説明をすること、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨要望することも営業上当然のことであるから、これら五つの内容をありふれた表現で記述しているにすぎないものは、創作性を欠くものとして著作物であると認めることはできない。

ヨミウリ・オンライン事件

ヨミウリ・オンライン事件(知財高判平成17年10月6日・裁判所ウェブサイト)は、インターネット上のニュース記事の見出しの著作物性について、以下のように説示してその著作物性を否定しました。少し長いですが、引用します。

 一般に,ニュース報道における記事見出しは,報道対象となる出来事等の内容を簡潔な表現で正確に読者に伝えるという性質から導かれる制約があるほか,使用し得る字数にもおのずと限界があることなどにも起因して,表現の選択の幅は広いとはいい難く,創作性を発揮する余地が比較的少ないことは否定し難いところであり,著作物性が肯定されることは必ずしも容易ではないものと考えられる。
しかし,ニュース報道における記事見出しであるからといって,直ちにすべてが著作権法10条2項に該当して著作物性が否定されるものと即断すべきものではなく,その表現いかんでは,創作性を肯定し得る余地もないではないのであって,結局は,各記事見出しの表現を個別具体的に検討して,創作的表現であるといえるか否かを判断すべきものである。

 ① 「マナー知らず大学教授,マナー本海賊版作り販売」(平成15年10月16日付けYahoo!ニュース掲載)とのYOL見出しについて(甲1の35の1,2)
上記YOL見出しの創作性については,原判決が検討し,創作性を否定しているところ,その認定判断(上記引用に係る部分のうち23頁23行~24頁14行)は,相当として是認し得るものである。
控訴人は,事実をただ記載するのではなく,「マナー」という言葉をキーワードとして,「マナー知らず」と「マナー本」という言葉を並記して対比させ,リズミカルな表現にすることで,当該大学教授の行動を端的,かつ,印象的に読者に伝えようとしたものであるとして,この点に編集記者の個性が発揮されていると主張する。
しかしながら,上記のような対句的な表現は一般に用いられる表現であって,上記YOL見出しは,ありふれた表現の域を出ないのであり,著作物として保護されるような創作性があるとは到底いうことができない。なお,同じ話題について,時事通信社が「マナー」という表現をしなかったからといって,直ちに,上記YOL見出しの表現が創作性を有するものと断ずることはできない。
控訴人の主張は,採用することができない。
② 「A・Bさん,赤倉温泉でアツアツの足湯体験」(平成15年10月23日付けYahoo!ニュース掲載)とのYOL見出しについて(甲1の71の1,2)
上記YOL見出しの創作性についても,原判決が検討し,創作性を否定しているところ,その認定判断(上記引用に係る部分のうち26頁24行~27頁17行)は,相当として是認し得るものである。
控訴人は,夫婦の仲睦まじい様子と,足湯の様子を同時に連想させるために,記事本文中にはない「アツアツ」という言葉を用いて,A夫妻の心情を端的に,かつ,写実的に,読者に印象付け,また,リズミカルな表現に仕上げて印象度を高めているなどとして,作成した記者の個性が表れていると主張する。
しかしながら,上記YOL見出しの「A・Bさん,赤倉温泉で足湯体験」という部分は,客観的な事実関係をそのまま記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない上,「アツアツ」との表現も普通に用いられる極めて凡俗な表現にすぎない。そして,「アツアツ」という一つの言葉から,仲睦まじい様子と湯に足を浸している様子の双方が連想されるとしても,そのような表現も通常用いられるありふれたものであるといわざるを得ない。YOL見出しを書いた記者に控訴人主張のような意図ないし狙いがあったとしても,見出しの表現として表れたものが上記のように判断される以上,上記YOL見出しの表現が著作物として保護されるための創作性を有するとはいえない。なお,同じ話題について,毎日新聞社,産経新聞社,NHKが「アツアツ」という言葉を使用しなかったのは,その言葉を選択しなかっただけのことであり,上記YOL見出しの表現が創作性を有すると評価すべき根拠とはならない。
③ 「道東サンマ漁,小型漁船こっそり大型化」(平成15年10月9日付けYahoo!ニュース掲載)とのYOL見出しについて(甲1の9の1,2)
上記YOL見出しに対応するYOL記事は,甲1の9の2に記載されたとおりであり,北海道東沖の太平洋上に出漁する道内の小型サンマ漁船60隻の大半が,漁船登録している総トン数よりも大型に違法改造されている疑いが強まり,北海道庁は近く,60隻すべてに対し漁船法に基づく立ち入り検査を行う方針を固めたなどという事実を報じるものである。
上記YOL見出しの「道東サンマ漁,小型漁船大型化」という部分は,客観的な事実関係をそのまま記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない上,「こっそり」との表現も普通に用いられる表現にすぎない。「こっそり」との表現がYOL記事本文中にないとしても,公的機関に届けずに(登録変更せずに)改造したことのニュアンスを一言で表そうとしたものでそれなりの工夫の跡はうかがえるが,通常想起される程度のものにすぎない。
控訴人は,前掲のとおり,記事本文に登場しない「こっそり」という言葉を用いて,「ずるさ」のニュアンスを表現し,また,「気づかれない程度にわずかに大型化した」という点をも表現しているのであり,記事の背後にある社会的事象に対する記者自身の印象を伝え,また,ユーモアのある端的な表現を用いることによって読者にインパクトを与え,小型漁船の「ずるさ」を読者に印象付けようとした意図が認められるので,この点に,記者の個性が表現されていると評価できるなどと主張する。
しかし,記者が上記の印象を抱き,それを記事見出しを通じて読者に伝えようと意図したものであるとしても,そのこと自体は,アイデアの域を出ないものであって,見出しの表現として表れたものが「こっそり」というもので,上記のように判断される以上,上記YOL見出しの表現が著作物として保護されるための創作性を有するとはいえない。なお,同じ話題について,釧根地方ニュースダイジェストが「こっそり」という言葉を使用しなかったからといって,直ちに,上記YOL見出しの表現が創作性を有するものと判断すべきことにはならない。
④ 「中央道走行車線に停車→追突など14台衝突,1人死亡」(平成15年10月16日付けYahoo!ニュース掲載)とのYOL見出しについて(甲1の27の1,2)
上記YOL見出しに対応するYOL記事は,甲1の27の2に記載されたとおりであり,中央自動車道の走行車線に停車していた乗用車に大型トラック2台が追突し,その後方に止まった大型トラックにも別のトラックが次々に追突するなど計14台が関係する多重衝突事故となり,1人が死亡,8人がけがをしたなどという事実を報じるものである。
上記YOL見出しの「中央道走行車線に停車」,「追突など14台衝突,1人死亡」という部分は,客観的な事実関係をそのまま羅列して記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない。そして,見出し前半部分と後半部分との間に「→」と矢印の記号が用いられているが,インターネットウェブサイト上の記事見出しにおいては,上記YOL見出しの以前から,記事見出しの中に「=」,「-」,「…」などの各種記号を用いてする表現は,広く多用されているものと認められ(甲1の1の2,同2の2,3の2,5の2など多数の実例がある。なお,控訴人の記事見出しではあるが,甲1の21の2でも「→」が使用されている。),「→」という記号を用いたことも,上記各種記号を用いることの域を出ないのであって(控訴人のメディア戦略局編集部の担当者も「→」,「-」,「…」の記号を同列に認識している(甲15)。),特段の創作性が認められるわけではない。
控訴人は,記者が読者に事件の実際の場面を瞬時に想像させ,追突事故の無惨さを強く印象付けようと考えたというが,仮にそうであるとしても,そのこと自体は,アイデアの範囲内のものにすぎず,また,「→」という記号を用いて印象的に表現したとも主張するが,必ずしも首肯し得るものではない。
よって,上記YOL見出しを分析的にみても,全体としてみても,著作物として保護されるための創作性を有するとはいえない。なお,同じ話題について,Japan News Networkが「→」の記号を使用しなかったからといって,直ちに,上記YOL見出しの表現が創作性を有するものと判断すべきことにはならない。
⑤ 「国の史跡傷だらけ,ゴミ捨て場やミニゴルフ場…検査院」(平成15年10月30日付けYahoo!ニュース掲載)(甲1の117の1,2)
上記YOL見出しに対応するYOL記事は,甲1の117の2に記載されたとおりであり,貝塚や城跡など国指定の史跡のうち,少なくとも全国30数か所でずさんな管理が行われ,ゴミ捨て場やミニゴルフ場になっていたり,フェンスや児童遊具が設置されていたケースもあったことが,会計検査院の調べで分かったことなどの事実を報じるものである。
上記YOL見出しの「国の史跡」,「ゴミ捨て場やミニゴルフ場…検査院」という部分は,記事中に存在する名詞を羅列しただけのもので,表現上,特段の工夫もみられない。また,「傷だらけ」との表現も,それ自体が一般的に用いられる表現である上,上記記事が伝えようとする事実からそれほどの困難もなく想起し得るものであって,格別の創作性を見いだすことはできない。
控訴人は,記者が,「傷だらけ」という言葉を用いて,その悪質性を端的に,印象的に読者に伝えようとしており,「国の史跡」に「傷だらけ」という言葉が似つかわしくないだけに,読む側にとってはインパクトがあり,「傷だらけ」という言葉が記事本文中では使われていないことにかんがみると,記者の個性の表れと評価できると主張する。
しかし,記者の上記意図はアイデアの域を出ないものであり,「国の史跡」に対して「傷だらけ」との言葉を用いることも,格別に創作性のある表現であるとまでいうことはできず,記事が伝えようとする事実からそれほどの困難もなく想起し得るものであることも上記のとおりである。よって,上記YOL見出しの表現が著作物として保護されるための創作性を有するとはいえない。
⑥ 「『日本製インドカレー』は×…EUが原産地ルール提案」(平成15年11月6日付けYahoo!ニュース掲載)(甲1の146の1,2)
上記YOL見出しに対応するYOL記事は,甲1の146の2に記載されたとおりであり,世界貿易機関(WTO)の新ラウンド(多角的貿易交渉)で,欧州連合(EU)が,世界各地で販売される各種商品の名前に生産地を使う際のルールを厳しくするよう提案したこと,これが実現すれば,インドで実際に作ったカレーでなければインドカレーといった商品名を付けられなくなることなどの事実を報じるものである。
上記YOL見出しの「日本製インドカレー」,「EUが原産地ルール提案」という部分は,客観的な事実関係をそのまま羅列して記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない。そして,「『日本製インドカレー』は×」というように「×」という記号が用いられているが,一般に「ダメ」であることを表すのに「×」の記号を用いることは極めてありふれている上,インターネットウェブサイト上の記事見出しにおいては,種々の記号を用いてする表現は,広く多用されているものと認められることは既に判示したとおりであり,「×」という記号を用いたことも,上記各種記号を用いることの域を出ないものというべきである。したがって,この点において上記YOL見出しに特段の創作性が認められるわけではない。
控訴人は,記者が,「×」という記号を用いることによって,「インドカレー」という商品名がもはや使えなくなるという事実を,端的に,インパクトをもって読者に印象付けようとしたのであり,「×」という記号が通常新聞記事の見出しには使われない記号であり,記事本文中には一切使われていないことにかんがみると,記者の個性の表れと評価できるなどと主張する。
しかし,記者の上記意図はアイデアの域を出ないものであり,「×」の使用についての控訴人の主張を考慮しても,上記YOL見出しにおける「×」に関する前判示の点に照らせば,同見出しの表現が著作物として保護されるための創作性を有するとはいえない。
(2-3) 平成14年10月8日から同年12月7日までの365個のYOL見出しのうち,控訴人が具体的に主張しこれに検討を加えた上記各YOL見出しを除く,その余のYOL見出しについてみても,いずれも著作物として保護されるための創作性を有するとはいえない。
前判示のとおり,上記365個のYOL見出しは,その性質上,表現の選択の幅は広いとはいい難く,創作性を発揮する余地が比較的少ないことは否定し難いところである上,個別にみても,例えば,控訴人が著作権侵害があったとして主張するYOL見出しには,「Cさん母娘ら4人を拉致被害者と認定」(甲1の2の2),「ノーベル物理学賞にD・東大名誉教授ら3人」(同5の2),「拉致の5人,15日帰国へ」(同10の2),「ノーベル化学賞にE氏…43歳会社員」(同11の2),「北朝鮮,米に核開発認める」(同38の2),「NY円,4か月ぶりに1ドル125円台」(同43の2),「東海村の原子炉が地震で自動停止」(同54の2),「内閣支持率横ばい…読売調査」(同99の2),「拉致解明専門チーム設置へ」(同106の2),「雇用保険料率1.6%に引き上げへ」(同136の2),「東証大幅続落,終値8690円77銭」(同167の2),「イラク,安保理決議を受諾」(同204の2),「査察先遣隊バグダッド入り」(同233の2),「Fさまご逝去,47歳」(同260の2),「G氏きょうにも辞任表明」(同325の2),「来年度予算,83兆円前後で調整」(同345の2),「H・前幹事長,代表選に出馬を表明」(同365の2)などというものも含まれているが,いずれも事実関係を客観的にありふれた表現で構成したものであり,見出しに対応するYOL記事本文との関係をも考慮しつつ検討するとしても,これらのYOL見出しの表現に創作性があるとは到底いえない。
その余のYOL見出しについて精査しても,その表現が著作物として保護されるための創作性を有するとは認められない。
なお,控訴人が行ったアンケートの結果(甲44ないし46〔枝番号を含む〕)は,YOL見出しの著作物性に関する以上の認定判断を覆し得るものではない。
(3) 控訴人は,当審において,平成14年12月8日から平成16年9月30日までのYOL見出しの著作権侵害についても追加して主張する。
(3-1) 検討するに,著作権侵害に基づく差止請求や損害賠償請求をするためには,請求する側において,侵害された著作物を特定した上,著作物として保護されるための創作性の要件を具備することを主張立証することが必要であり,特に,本件では,被控訴人が上記期間におけるYOL見出しの著作物性を否認しているのであるから,控訴人としては,上記期間における個々のYOL見出しについて,YOL見出しの表現を具体的に特定し,それに創作性があることを主張立証すべきである。
しかし,控訴人は,上記期間のYOL見出しについては,どのような表現,内容のものであったのかさえ明らかにせず,上記主張立証をしていない。したがって,上記期間におけるYOL見出しの著作権侵害をいう控訴人の主張は,主張自体失当であるというべきである(著作権侵害を裏付ける事実を認めるに足りる証拠もない。)。
(3-2) ところで,控訴人は,前掲のとおり,YOL見出しにはすべてにおいて創意工夫が施されており,そこに作成者の個性が表現されているのであるから,YOL見出し一般に著作物性が認められるべきであると主張する。したがって,控訴人は,この点を前提に,上記期間のYOL見出しの著作権侵害を主張するものとも解される。
しかし,前判示のとおり,ニュース報道における記事見出しは,その表現いかんでは,創作性を肯定し得る余地もないではないのではあるが,一般には,著作物性が肯定されることは必ずしも容易ではないものと考えられるのであり,結局は,個々の記事見出しの表現を検討して,創作的表現であるといえるか否かを判断すべきものであって,およそYOL見出し一般に著作物性が認められるべきであるとの控訴人の主張は,直ちに採用し難いというほかない。
そこで,YOL見出しを個別具体的に検討すると,既に前記(2)で判示したように,控訴人が特に強調したYOL見出し①~⑥を含め,平成14年10月8日から同年12月7日までの365個のYOL見出しのすべてについて,その表現が著作物として保護されるための創作性を有するとは認められない。特に,「Fさまご逝去,47歳」(甲1の260の2)とのYOL見出しは,いわゆる死亡記事として誰が書いても同じような見出しの表現にならざるを得ないものである。このように,控訴人の主張するYOL見出しには,現に上記のような創作性を認め得ない多くの見出しを含むものである。
そうすると,YOL見出しの性質や作成過程等について控訴人が種々主張するところを考慮しても,控訴人作成のYOL見出しについて一般的に著作物性が認められると断ずることはできない(後に判示するように,控訴人が多大の労力,費用をかけて取材し,記事を作成し,YOL見出しの作成に至っているからといって,そのことゆえに,当然にすべてのYOL見出しに創作性があるというべきことにはならない。)。

マージ理論

アイデア・表現二分論とは、著作権法上、思想、感情それ自体やアイデアは保護されず、創作的な表現のみが保護の対象となる「アイデア・表現二分論」については、すでに解説済みですので、そちらを参照して下さい。

アイデアと表現の区別

著作権法はアイデアを保護するのではなく、創作的な表現を保護することから、あるアイデアを表現するに際し、特定の限られた表現方法しかない場合、表現とアイデアは混合しており(merger)、著作権の保護の対象とならないことをマージ理論(merger doctrine)といいます。このような表現に著作物性を認めると、結局アイデアを保護することになってしまうからです。

日本の名著「三浦梅園」事件

日本の名著「三浦梅園」事件(東京地判昭和59年 4月23日・判タ 536号440頁)は、「学説ないし思想それ自体の保護が著作権法の保護の範ちゆうに属するものでない」と判示しています。

「中国塩政史の研究」事件

「中国塩政史の研究」事件(東京地判平成 4年12月16日・判タ 832号172頁)は、「原告は、被告著述部分が、原告著述部分に示された「牢盆」の解釈等について、自己の学説と同趣旨の見解を示したことをもって、自説を盗用、盗作したものであり、これは原告の著作権等を侵害するものである旨主張するかのごとくであるが、学説ないし思想それ自体の保護は、著作権法の保護の範疇に属するものでないから、原告の右主張は失当である。」とし、学説の盗用は著作権侵害とならないと判示しています。

「日本の城と文学と」事件

「日本の城と文学と」事件(東京地判平成6年4月25日・判時1509号130頁)は、マージ理論を採用して、「城」の定義について著作物性を否定しました。

三 本件定義の著作物性
1 前記検甲第一号証によれば、本件定義は、原告書籍の本文の最初の、「城とは何か 城の定義」と題する章で、日本の城の定義がなかったことを指摘し、城の基礎知識のはじめに必要なことは「城とは何か」を理解するための城の定義であろうと述べ、既刊の辞典、事典類における説明的な意味での「城」の字義や解釈を列挙した上で、城を発生論的に観察し、発達、推移の状態を広く世界に追った結果を城の定義として成文すると次のとおりであるとして、記載されているものであり、その後に、本件定義の個々の要素についての説明が加えられていることが認められ、前記甲第四号証によれば、原告は、長年の調査研究の成果として、本件城の定義と基礎理論を確立し、城の学術的な体系を理論化したものと自負していることが認められる。
2 右認定の事実及び本件定義自体によれば、本件定義は、原告が長年の調査研究によって到達した、城の学問的研究のための基礎としての城の概念の不可欠の特性を簡潔に言語で記述したものであり、原告の学問的思想そのものと認められる。そして、本件定義のような簡潔な学問的定義では、城の概念の不可欠の特性を表す文言は、思想に対応するものとして厳密に選択採用されており、原告の学問的思想と同じ思想に立つ限り同一又は類似の文言を採用して記述する外はなく、全く別の文言を採用すれば、別の学問的思想による定義になってしまうものと解される。また、本件定義の文の構造や特性を表す個々の文言自体から見た表現形式は、この種の学問的定義の文の構造や、先行する城の定義や説明に使用された文言と大差はないから、本件定義の表現形式に創作性は認められず、もし本件定義に創作性があるとすれば、何をもって城の概念の不可欠の特性として城の定義に採用するかという学問的思想そのものにあるものと認められる。
ところで、著作権法が著作権の対象である著作物の意義について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、……」と規定しているのは、思想又は感情そのものは著作物ではなく、その創作的な表現形式が著作物として著作権法による保護の対象であることを明らかにしたものと解するのが相当であるところ、右に判断したところによれば、本件定義は原告の学問的思想そのものであって、その表現形式に創作性は認められないのであるから、本件定義を著作物と認めることはできない。
学問的思想としての本件定義は、それが新規なものであれば、学術研究の分野において、いわゆるプライオリティを有するものとして慣行に従って尊重されることがあるのは別として、これを著作権の対象となる著作物として著作権者に専有させることは著作権法の予定したところではない。

発光ダイオード論文事件

発光ダイオード論文事件(大阪地判昭和54年9月25日・判タ397号152頁)は、自然科学上の法則、発明に関して、新規で独創的なアイデアであったとしても、創作的な表現とはいえないと説示しています。

 著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定めているところ(同法二条一項一号参照)、右にいわゆる著作物として著作権法が保護しているのは、思想、感情を、言葉、文字、音、色等によつて具体的に外部に表現した創作的な表現形式であつて、その表現されている内容すなわちアイデイアや理論等の思想及び感情自体は、たとえそれが独創性、新規性のあるものであつても、小説のストーリー等の場合を除き、原則として、いわゆる著作物とはなり得ず、著作権法に定める著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはならないものと解すべきである(アイデイア自由の原則)。殊に、自然科学上の法則やその発見及び右法則を利用した技術的思想の創作である発明等は、万人にとつて共通した真理であつて、何人に対してもその自由な利用が許さるべきであるから、著作権法に定める著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはなり得ず、ただそのうち発明等が著作者人格権・著作財産権とは別個の特許権、実用新案権、意匠権等の工業所有権の保護の対象になり得るに過ぎないと解すべきである。もつとも、自然科学上の法則やその発見及びこれを利用した発明等についても、これを叙述する叙述方法について創作性があり、その論理過程等を創作的に表現したものであつて、それが学術、美術等の範囲に属するものについては、その内容とは別に、右表現された表現形式が著作物として、著作者人格権・著作財産権の保護の対象となり得るものと解すべきである。

著作物性(創作性)の判断時期

著作物性(創作性)が認められるか否か、言い換えると、ありふれた表現として著作物性が否定されるか否かを判断する基準はいつなのかが問題となります。ある著作物の作成時から類似品が出現した時期が短期間であるような場合は、あまり問題が生じないかもしれません。
しかし、例えば、30年前に作成されたイラストが、当時としては斬新なイラストであって、創作性も肯定できるようなものだったとしても、今日においては似通ったイラストが多数見られるようになり、ありふれた表現であり著作物性が否定されるという結論を採ることが妥当なのかという問題があります。

一般的には、著作物性(創作性)の有無は、創作の時点で確定されるのであり、一旦創作性が認められたにもかかわわず、時の経過により著作物性(創作性)が失われるという結論は妥当ではないとして、作品の制作時を基準に、創作性が認められるか、ありふれた表現として創作性が否定されるかを決するべきであると考えられています。

最後に

「創作性のある表現」なのか、「ありふれた表現」なのかは一律に決められる基準がないことから、著作権法上悩ましい論点の一つです。紹介した以外にも、多数の裁判例がありますので、その傾向を探求することは必要ですが、一応著作物性は認められることを前提に、類似性等も含めて著作権侵害が成立するかを検討するのが合理的だと思います。
もちろん、著作権侵害訴訟を提起された時は、事案によっては「ありふれた表現」だとして、著作物性を争うことは必要だと思います。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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