著作物の個数

著作物の個数を意識的に検討したり、判決で具体的に言及されることは少ないですが、著作物の個数が原告の主張・立証、また被告の反論・反証にも影響することがあり、著作物の個数を意識することは訴訟の組み立てにおいても有益だと思われますので、教科書等ではあまり触れられていませんが、著作物の個数について考えてみたいと思います。

創作的表現説と作品説

創作的表現説とは、創作的表現が認められれば、作品の一部であっても著作物と認める考え方です。創作的表現説は、著作権法2条1項1号が「思想又は感情を創作的に表現したもの」を著作物と定義しており、作品全体を著作物として規定しているわけではないことを根拠としています。

これに対して、作品説とは、著作物の単位を作品全体と理解する考え方です。著作権法10条1項では著作物の例示として、「小説」「脚本」「論文」「講演」と規定されており、作品説を前提とした規定が置かれていることから、著作権法の規定は両説のいずれを採用するかの決定打にはならないといえます。

創作的表現説の論拠

創作的表現説は、以下の点を根拠としています。詳しくは、駒田泰土「著作物と作品概念との異同について」知的財産法政策学研究 Vol.11(2006)145頁以下参照。

①著作権法2条1項1号が「思想又は感情を創作的に表現したもの」を著作物と定義していること
②作品説をとると、作品が完成する前の未完成品の段階では、著作物ではないことになり、著作権の保護が及ばないことになってしまうこと

作品説の論拠

作品説を主張している山本隆司弁護士は、主に以下の点を論拠としています。詳しくは、山本隆司「著作物の個数による新著作物概念の再構成」コピライト2005年8月号6頁参照。

①作品説の方が常識に適っている。例えば、1つの作品(小説)の中に、100個の創作的表現があった場合、創作的表現説では100個の著作物が発生することになるが、それは非常識であり、作品全体に1個の著作物であると理解するのが常識的である。
②著作権登録の際、1つの作品中に創作的表現が100個ある場合は、100件分の登録免許税がかかるというのはおかしい。
③創作的表現ごとに著作物が成立するとすると、著作権譲渡契約の際、いずれの著作物が譲渡の対象となっているか不明確になるが、作品説ではそのような不明確さはない。

江差追分事件

江差追分事件(最判平成13年 6月28日・裁判所ウェブサイト)は、以下のように判示しています。

「言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。」(判旨1)
「著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらないと解するのが相当である。」(判旨2)

「表現上の本質的な特徴を直接感得する」ことの意味については、創作的表現一元論と全体比較論という考え方の対立があることは、すでに解説済みですので、「表現上の本質的な特徴を直接感得する」ことの意味を参照してください。
江差追分事件最高裁判決は、事実への当てはめの部分で、「・・・上記各部分から構成される本件ナ レーション全体をみても,その量は本件プロローグに比べて格段に短く,上告人らが創作した影像を背景として放送されたのであるから,これに接する者が本件プロローグの表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないというべきである。」と判示しています。
創作的表現説で考えるならば、プロローグとドキュメンタリー番組におけるナレーションとで創作的表現が共通しているかを検討すれば足りるところですが、ドキュメンタリー番組では映像を背景として放送されたことを考慮していることから、作品説に親和的だと評価できます。

ポパイネクタイ事件

ポパイネクタイ事件(最判平成9年7月17日・裁判所ウェブサイト)は、二次的著作物に関して、以下のとおり判示しています。

このような連載漫画においては、後続の漫画は、先行する漫画と基本的な発
想、設定のほか、主人公を始めとする主要な登場人物の容貌、性格等の特徴を同じくし、これに新たな筋書を付するとともに、新たな登場人物を追加するなどして作成されるのが通常であって、このような場合には、後続の漫画は、先行する漫画を翻案したものということができるから、先行する漫画を原著作物とする二次的著作物と解される。そして、二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である。けだし、二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要素が付与されているためであって(同法二条一項一一号参照)、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないからである。

ポパイネクタイ事件の上記判示は、創作的表現説からも矛盾なく説明は可能です。

キャンディキャンディ事件

キャンディキャンディ事件(最判平成13年10月25日・裁判所ウェブサイト)は、以下のとおり、作品説に親和的な判断をしました。

原審の適法に確定したところによれば,本件連載漫画は,被上告人が各回ごとの
具体的なストーリーを創作し,これを400字詰め原稿用紙30枚から50枚程度
の小説形式の原稿にし,上告人において,漫画化に当たって使用できないと思われる部分を除き,おおむねその原稿に依拠して漫画を作成するという手順を繰り返すことにより制作されたというのである。【要旨1】この事実関係によれば,本件連載漫画は被上告人作成の原稿を原著作物とする二次的著作物であるということができるから,被上告人は,本件連載漫画について原著作者の権利を有するものというべきである。そして,二次的著作物である本件連載漫画の利用に関し,原著作物の著作者である被上告人は本件連載漫画の著作者である上告人が有するものと同一の種類の権利を専有し,上告人の権利と被上告人の権利とが併存することになるのであるから,上告人の権利は上告人と被上告人の合意によらなければ行使することができないと解される。【要旨2】したがって,被上告人は,上告人が本件連載漫画の主人公Dを描いた本件原画を合意によることなく作成し,複製し,又は配布することの差止めを求めることができるというべきである。

キャンディキャンディ事件では、原著作者は、自己の創作した部分を大きく超えて二次的著作物に対して著作権を行使できることになります。具体的には、ストーリーを創作した原著作者は、ストーリーとは無関係な漫画についても、権利行使が可能となります。
このような結論は、作品説から導くことは容易ですが、創作的表現説からは説明が困難です。

判例を踏まえた検討

上記のとおり、創作的表現説は理解が容易であり、著作権侵害の成否の判断についても、作品説に比べるとシンプルな考え方であるといえますが、最高裁判決が作品説に親和的な判断をしている傾向があることから、実際の訴訟にあたっては、原告・被告いずれの立場でも、そのことには留意して訴訟活動を行う必要があるといえます。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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