スポーツの試合と放送権の関係:その背景と法的根拠

スポーツは多くの人々に感動を与える娯楽であり、特にオリンピックやワールドカップといった世界規模のイベントは、国境を越えて熱狂的に視聴されます。しかし、これらの試合をテレビやインターネットで視聴するために、放送局は莫大な放送権料を支払っていることをご存知でしょうか?スポーツの試合の放送権は、誰が持ち、どのように取引されているのでしょうか。本記事では、スポーツの試合と放送権の法的な側面について解説し、具体例を交えながら深掘りしていきます。

スポーツの試合は著作物ではない

まず、スポーツの試合そのものに関する重要なポイントとして、「試合自体は著作物ではない」という点があります。著作権法は「思想または感情を創作的に表現したもの」に適用されますが、スポーツの試合はあくまでルールに従った競技であり、創作的な要素が認められないため、著作物とは見なされません。例えば、サッカーの試合でゴールが決まる瞬間や、野球でホームランが打たれる場面は、感動的なものであっても、それ自体は著作物として保護される対象ではないのです。

しかし、試合を撮影した映像や中継映像は、放送局が制作するコンテンツとして著作物となり得ます。この映像に関しては、著作権が発生し、他者が無断で利用することは許されません。この点に関しては、過去に「全米オープンゴルフ事件」と呼ばれる判例があり、ゴルフ競技の放送がビデオに録画されたものが著作物に該当すると判断されました​(東京高判平成9年9月25日(判タ994号147頁))。この事件は、スポーツ競技の放送における著作権の適用に関して大きな示唆を与えました。

放送権と肖像権

次に、スポーツの試合を放送する際に重要となるのが「肖像権」です。試合に出場する選手たちの姿は、放送されることで肖像権が関与します。選手のプレーを放送するには、事前に選手やその所属するチーム、またはリーグから許可を得る必要があります。たとえば、日本プロ野球(NPB)では、球団がホームゲームの放送権を保有しており、試合を放送するためにはその球団から許諾を受ける必要があります​。この際、選手個々の肖像権についても、統一契約書などによって予め許諾されているため、選手個人が試合の放送を拒否することは基本的にできない仕組みになっています。

具体的な例として、プロ野球における「選手統一契約書」が挙げられます。この契約書では、選手は野球協約に従うことを承諾しており、そこには放送権が球団にあることが明確に記されています。また、日本サッカー協会の契約書でも、クラブが選手の肖像や映像を報道や放送に使用することに対して、選手が何ら権利を有しないことが定められています​。このように、プロスポーツでは放送権や肖像権に関して事前に取り決めがなされているため、スムーズに試合の中継が行えるのです。

施設管理権と放送権

スポーツの試合が行われるスタジアムや競技場といった施設には、「施設管理権」という法的権利が存在します。この施設管理権に基づいて、競技場の所有者や管理者が施設内での撮影や放送機材の持ち込みを許可するかどうかを決定することができます。したがって、試合を放送するためには、放送局が施設の利用許可を得る必要があるのです。

たとえば、オリンピックの競技場では、国際オリンピック委員会(IOC)が競技施設の管理を行い、放送権についてもIOCが一括して管理しています。オリンピック憲章によれば、オリンピック大会の放送権はすべてIOCに帰属しており、放送局はIOCから放送権を購入しなければならないのです​。この放送権料は、大会運営費やIOCの活動資金として活用されており、国際的なスポーツイベントの開催を支えています。

一方で、日本のプロ野球では、試合を行う球団が施設の使用権を有しており、その球団が放送機材の持ち込みを許可するかどうかを決定します。このように、施設管理権は放送権の一部として重要な役割を果たしているのです。

放送権料とユニバーサル・アクセス

オリンピックやワールドカップのような国際的なスポーツイベントでは、放送権料が非常に高額になることがあります。例えば、2018年のFIFAワールドカップでは、全世界の放送権料が数十億ドル規模に達しました。このような状況では、資金力のある有料放送局が放送権を独占してしまい、一般の視聴者が試合を無料で視聴できなくなるリスクが高まります。

この問題を解決するために、EUでは「ユニバーサル・アクセス」という概念が導入されています。ユニバーサル・アクセスとは、社会的に重要なスポーツイベントは誰もが無料で視聴できるべきだという考え方です。1997年に改正されたEUの「国境のないテレビ放送に関する指令」では、各国の国民にとって重要なイベントに対して無料で視聴できる機会を保障する措置が定められました​。この指令に基づき、たとえばFIFAワールドカップやオリンピックの試合は、EU加盟国では無料で視聴できることが義務付けられています。

日本でも、オリンピックなどの重要なスポーツイベントについては「ジャパン・コンソーシアム」方式が採用されています。これは、NHKと民間放送局が共同で放送権を購入し、放送権料を分担する方式です。この方式により、視聴者は無料で重要なスポーツイベントを視聴できる機会が確保されています。たとえば、2012年のロンドンオリンピックや2020年の東京オリンピックでも、ジャパン・コンソーシアムが放送権を取得し、全国でオリンピックの競技が無料で視聴可能となりました​。

まとめ

スポーツの試合は、観客に大きな感動を与えると同時に、法的には放送権や肖像権、施設管理権などが複雑に絡み合った一大ビジネスでもあります。放送権は、試合の興行側だけでなく、選手や施設の管理者との間で慎重に調整され、その結果として巨額の取引が行われています。特に、オリンピックやワールドカップといった国際的なスポーツイベントでは、ユニバーサル・アクセスのような視聴者の権利を守るための制度も重要な役割を果たしています。

今後も、スポーツ放送の世界では、技術革新や法改正によって新たな課題やチャンスが生まれることでしょう。それに伴い、視聴者としても放送権に対する理解を深め、スポーツ観戦を楽しむための環境を守っていくことが求められます。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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