契約終了後もタレントの写真を使い続けてOK?ウェブサイトの肖像権・パブリシティ権侵害が争われた岡田佑里乃事件を解説

はじめに

「契約が終わったタレントの写真を、会社のホームページに載せ続けていたら訴えられてしまった…」

今回は、そんな実際に起きたトラブルに関する裁判例(岡田佑里乃事件・東京地裁令和 5年12月11日判決・裁判所ウェブサイト)をご紹介します。

タレントが、元所属先の芸能プロダクションに対し、「契約が解除されたのに、いつまでも私の写真や名前をホームページに掲載し続けるのは権利侵害だ」として損害賠償などを求めました。

しかし、裁判所はタレントの訴えを認めませんでした 。

この記事では、

  • なぜタレントの訴えが認められなかったのか

  • ウェブサイトで人の写真を使うときに注意すべき「パブリシティ権」「肖像権」とは何か

  • この裁判例から、私たちが実務で何を学ぶべきか

を、分かりやすく解説していきます。ウェブサイト運営者やクリエイター、企業の広報担当者にとって、知っておくべき重要なポイントが満載です。

事案の概要

この裁判の登場人物と経緯を、物語のように見ていきましょう。

登場人物

  • 原告: タレント、モデルとして活動するAさん

  • 被告: Aさんが所属していた芸能プロダクション

経緯

  1. 契約: タレントのAさんは、芸能プロダクション(被告)と専属契約を結び、活動していました。

  2. 契約解除の通知: 活動を続ける中で、Aさんはプロダクションを辞めたいと考え、令和2年8月に契約を解除する旨の通知書を送付しました。

  3. ホームページへの掲載継続: プロダクションは、この解除通知を受け取った後も、自社のホームページの所属タレント一覧などに、Aさんの肖像写真やプロフィールを掲載し続けました。

  4. 裏での争い: 実は、プロダクション側は「契約解除は無効だ」と主張しており、契約が続いているか否かについて、Aさんとの間で別の裁判(別件訴訟)が行われていました。

  5. 掲載終了: 令和5年4月、この別件訴訟で「契約解除は有効だった」とする判決が確定しました。これを受け、プロダクションは同日、ホームページからAさんの写真などをすべて削除しました。

  6. 提訴: Aさんは、契約解除を通知してから写真が削除されるまでの約2年半にわたる掲載行為は、自身の権利を侵害するものだとして、損害賠償などを求めて今回の裁判を起こしたのです。

法的な争点

この裁判では、主に以下の3点が法的な問題となりました。

  • 争点1:パブリシティ権の侵害にあたるか? タレントなどの有名人が持つ「顧客を惹きつける力(顧客吸引力)」を無断で商業的に利用する行為が問題となります。今回の写真掲載は、Aさんの人気を利用した不当な行為だったのでしょうか。

  • 争点2:肖像権の侵害にあたるか? 人がみだりに自分の顔や姿を撮影されたり、公表されたりしない権利です。契約が終わったにもかかわらず写真を掲載し続けたことは、Aさんの人格的な利益を不当に害したのでしょうか。

  • 争点3:不正競争防止法違反にあたるか? Aさんの氏名や写真が、Aさん自身の「商品やサービスを示す表示(商品等表示)」として広く知られていたのに、プロダクションがそれを使って混乱を生じさせた、といえるのでしょうか。

裁判所の判断

裁判所は、Aさんの主張をいずれも退け、プロダクション側の行為はどの権利侵害にもあたらないと判断しました。なぜ、そのような結論になったのでしょうか。各争点について詳しく見ていきましょう。

争点1:パブリシティ権侵害について → 侵害ではない

裁判所は、プロダクションの行為は「専ら原告の肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえず」パブリシティ権の侵害にはあたらない、と判断しました 。

【なぜ?】 裁判所がパブリシティ権侵害と判断するのは、主に以下の3つのケースです 。

肖像そのものが、鑑賞の対象となる商品(写真集など)として使われる場合

  1. 商品の差別化のために、肖像が商品に付けられる(キャラクターグッズなど)場合

  2. 商品の広告として、肖像が使われる場合

今回のケースは、プロダクションが「所属タレントを紹介する被告のホームページにおいて、原告が被告に所属する事実を示すとともに、原告に関する人物情報を補足するために、本件写真等を使用した」に過ぎないと認定されました 。

つまり、Aさんの写真で直接何かを売ったり、プロダクションのサービスを宣伝したりする「広告」として使ったわけではなく、あくまで「所属タレントの紹介」という情報提供の範囲内だと判断されたのです。Aさんが主張した「写真集の利用と同視できる」といった点も、明確に否定されました。

争点2:肖像権侵害について → 侵害ではない

肖像権侵害についても、裁判所は「原告の肖像権を侵害するものと認めることはできない」と判断しました 。

【なぜ?】 この判決では、肖像権侵害が認められるのは「被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合」に限定されるとし、その具体的な類型として以下の3つを挙げています。

  1. 私的な空間で撮影された写真を、本人の許可なく公開するような場合

  2. 公開された写真が、本人を侮辱するようなものである場合

  3. 写真が公開されることで、本人の平穏な日常生活が脅かされるおそれがある場合

今回の写真は、スタジオで美しく撮影されたもので侮辱的ではなく 、上記のいずれの類型にも当てはまりません。

また、裁判所は「本件契約の解除の有効性が訴訟で争われていた事情を考慮すれば、その間に本件写真を掲載した行為が、受忍限度を超える侮辱ということはできない」とも述べています 。契約の有効性を争っている最中だった、という特殊な事情も、プロダクションに有利に働いたといえるでしょう。

争点3:不正競争防止法違反について → 違反ではない

裁判所は、Aさんの氏名や肖像は、不正競争防止法が保護する「周知な商品等表示に該当するものと認めることはできない」と判断しました 。

【なぜ?】 「商品等表示」とは、簡単に言うと「その商品やサービスが、誰によって提供されているかを示す目印(出所表示機能)」のことです 。

裁判所は、「原告は、芸能プロダクションである被告に所属するータレントであったにすぎず、原告自身がプロダクション業務等を行っていた事実を認めるに足りない」と指摘しました 。

つまり、タレントとしてのAさんが有名であることと、Aさんの名前や顔が「事業の出所を示す目印」として認識されていることは別問題だ、ということです。このケースでは、あくまで事業の主体はプロダクションであり、Aさん自身ではないと判断されました。

解説(この判決から学ぶべきこと)

この裁判例は、権利侵害が否定されたという結論だけを見ると「契約が終わっても、しばらくは写真を載せても大丈夫」と誤解してしまうかもしれません。しかし、学ぶべきポイントは別にあります。

  • 原則は「契約終了後、速やかに削除」
    今回のケースでプロダクションの行為が許された背景には、「契約の有効性を裁判で争っていた」という特殊な事情がありました 。もし、争いなく円満に契約が終了していたのであれば、掲載を続ける正当な理由はなく、結論が異なっていた可能性も十分にあります。ウェブサイトに人物の情報を掲載する際は、許諾の範囲と期間を明確にし、契約が終了したら速やかに削除するのが鉄則です。

  • 肖像権侵害の「3つのものさし」を意識する
    この判決は、肖像権侵害の判断基準として具体的な3類型を示した点が実務上非常に参考になります 。ウェブサイトやSNSで他人の写真を使う際は、「プライバシーを侵害していないか?」「相手を侮辱するような使い方ではないか?」「相手の平穏な生活を脅かさないか?」という3つのものさしで常にチェックする癖をつけましょう。

  • 「紹介」と「広告利用」の境界線を理解する
    パブリシティ権は、人の名声や人気を「広告」や「客寄せ」に使うことを規制する権利です。単に「弊社の関係者です」と紹介するのと、「この有名人が推薦する商品です!」と宣伝するのとでは、法的なリスクが全く異なります。他人の写真や名前を使う際は、その目的が「情報提供」の範囲を超えて「商業利用」になっていないか、慎重に判断する必要があります。

  • タレント・クリエイター側の教訓
    プロダクションや事務所と契約を結ぶ際は、契約終了後のウェブサイトやSNSからの情報削除について、どのように取り扱うのかを事前に書面で確認しておくことが、後のトラブルを防ぐために非常に重要です。

まとめ

今回は、契約解除後も元所属タレントの写真をホームページに掲載し続けた芸能プロダクションの行為が、権利侵害にあたらないと判断された事例を紹介しました。

この判決は、プロダクション側の勝訴ではありましたが、それは「契約の有効性を争っていた」という特殊な事情が大きく影響しています。

私たちがこの判決から学ぶべき最も重要な教訓は、許諾なく他人の肖像や氏名を使い続けることのリスクと、契約や許諾の範囲を遵守するというウェブサイト運営の基本姿勢です。安易に「まだ大丈夫だろう」と判断せず、契約終了時など区切りのタイミングで、掲載情報の見直しと整理を徹底することが、無用なトラブルを避けるための鍵となります。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
著作権、肖像権、パブリシティ権、プライバシー権について、トラブル解決のお手伝いを承っております。音楽・映画・動画・書籍・プログラムなど、様々な版権・著作物に精通した弁護士が担当しておりますのでお気軽にお問合せください。

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