
生成AIで、文章・画像・音楽の“それっぽい成果物”が簡単に作れるようになりました。すると次の疑問が必ず出ます。
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AIで作った画像をSNSに載せたら、勝手に転載されたとき止められますか?
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逆に、AI画像を広告に使ったら著作権侵害になりますか?
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プロンプト(指示文)を書いた私が「著作者」になりますか?
ここで重要なのは、「AIで作った」こと自体は結論を決めないという点です。日本法でまず問われるのは、その成果物が著作権法上の「著作物」に当たるかどうか。言い換えると、そこに人の創作性(創作的な表現)が読み取れるかどうかです。

1 著作権法の出発点:「著作物」とは何か
著作権が保護するのは、努力や投資ではなく、創作的な“表現”です。条文の定義はここから始まります。
(定義)第2条
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物
思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
二 著作者
著作物を創作する者をいう。
つまり、アイデアそのもの(例:「猫が宇宙に行く話」)ではなく、具体的な表現(文章・構図・言い回し等)に創作性があるかが核心です。
2 AI生成物は「著作物」になり得る?―鍵は“人が表現を決めたか”

AI生成物について誤解が多いのは、「AIが出力したのだから著作権はない(or ある)」と一律に考えてしまう点です。実際には、制作のしかたによって幅があります。
(1)一発生成に近いほど、著作物性は否定されやすい
短いプロンプトを1回入れて、出てきた画像をほぼそのまま採用する場合、最終的な表現(構図・陰影・色・言い回し等)を誰が創作的に選択したのかが見えにくくなります。
この場合、「人の思想・感情を創作的に表現したもの」と評価するのが難しくなり、著作物性が否定される方向に傾きます。
(2)試行錯誤・選択・編集が積み重なるほど、著作物性は肯定されやすい
反対に、次の工程が増えるほど、人の創作的関与が表現に反映されやすくなります。
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出力を多数生成し、どれを採用するか取捨選択する
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プロンプトを段階的に調整し、狙う表現へ寄せる
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生成物を編集・加工して構図や配色、文章の流れを作り込む
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複数素材を組み合わせて作品全体を構成する
要するに、「AIが作った」からではなく、“人がAIを道具として表現を作った”と説明できるかがポイントです。
3 「著作者」は誰?―創作した時点で権利は発生します
著作物性が肯定される場合、次に問題になるのが「誰が権利を持つのか」です。ここも条文が基本です。
(著作者の権利)第17条
1 著作者は、次条第1項、第19条第1項及び第20条第1項に規定する権利(以下「著作者人格権」という。)並びに第21条から第28条までに規定する権利(以下「著作権」という。)を享有する。
2 著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。
ここから分かる実務的な要点は2つです。
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“作った人(著作者)”が原則として権利を持ちます。
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登録などをしなくても、創作と同時に権利が発生します。
AI制作でも、最終成果物に創作性が認められるなら、制作過程で表現上の決定に実質的に関与した人(ディレクション、取捨選択、編集など)が「著作者」と評価され得ます。

4 AI学習(データ収集)はどう扱われる?―「享受目的でない利用」の条文
「AIで作ったものに著作権があるか」と並んで重要なのが、「AIの学習に他人の著作物を使うのはどうなの?」という問題です。ここでは、著作権法30条の4が頻繁に参照されます。条文は次のとおりです。
第30条の4
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
1 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
2 情報解析(…)の用に供する場合
3 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(…)に供する場合
ここでいう「享受」とは、著作物を人が鑑賞して楽しむこと(読んで内容を味わう、見て楽しむ、聴いて楽しむ等)を指します。30条の4は、そうした鑑賞目的ではなく、情報解析や学習などのために著作物をデータとして機械的に処理する利用を念頭に置いた規定です。

ここで押さえるべきは、「AI学習なら何でもOK」という話ではない点です。条文自体が、“必要と認められる限度”や、“権利者の利益を不当に害することとなる場合は除外”というブレーキを置いています。学習・解析の目的と態様次第で評価が変わるため、商用サービスやデータ提供の場面では個別検討が欠かせません。
5 新しい視点:著作権が“はっきりしない”とき、何で守るべきか
AI生成物では、著作物性が肯定される場合もあれば、境界がぼやける場合もあります。そこで実務上は、著作権一本槍よりも、次の「守り方の設計」が重要になります。

(1)契約で守る(制作・委託・運用)
依頼を受けて制作・納品する仕事(いわゆるクライアントワーク)では、AI使用の有無だけでなく、
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成果物の利用範囲(改変・再利用・二次利用)
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生成物の素材・プロンプト・編集データの帰属
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似たものが出た場合の責任分担
を契約で明確にしておくと、紛争コストを大きく下げられます。
(2)ノウハウは「営業秘密」として守る発想もある
プロンプトや生成手順、評価基準などは、著作権で守りにくいことがあります。その場合、秘密管理を徹底して“営業秘密”として守るという方向も現実的です。定義条文は次のとおりです。
不正競争防止法 第2条第6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
AI時代は「成果物」だけでなく、「どう作ったか(ワークフロー)」自体が競争力になります。だからこそ、公開・非公開の線引き、アクセス権限、ログ管理が重要となります。
6 実務で重要なまとめ:AI生成物は「説明できるか」が勝負になります
最後に、AI生成物の著作権トラブルを減らすための現実的な着地点をまとめます。
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著作物性(第2条)は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」かどうかで決まります。AIだから自動的に否定・肯定ではありません。
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著作者と権利発生(第17条)は、創作と同時に生じ、登録は不要です。
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AI学習(第30条の4)は、非享受目的の利用を広く認めつつも、「必要限度」や「不当に害する場合の除外」を置いています。
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著作権で守りにくい部分は、契約や営業秘密(不正競争防止法2条6項)で補強するのが実務的です。









