改正著作権法:AI・ビッグデータ時代の「柔軟な権利制限規定」

近年、AI(人工知能)やビッグデータなどのテクノロジーが急速に発展し、大量の情報を収集・分析して新たな価値を生み出すサービスが次々と登場しています。こうした新技術を活用する際、著作物の一部を取り込んだり解析したりする場合がありますが、従来の著作権法の考え方では、すべて著作権者の許諾が必要とされるケースが多く、社会の実情と合わない側面も指摘されてきました。

そこで、平成30年改正著作権法で新設されたのが「柔軟な権利制限規定(第30条の4など)」です。これは、著作物を“楽しむ”目的ではなく、技術的な分析や研究開発などの目的で用いる際に、一定の要件を満たせば著作権者の許諾が不要となる仕組みを整備したものです。本記事では、初心者の方でも理解しやすいよう、この規定ができた背景や具体的な仕組み、実際にどのような場面で役立つかを詳しく解説します。

1.著作権法の基本:まずは押さえておきたいポイント

著作権法は「著作物」に対して多くの保護を与える法律です。著作物は、例えば文章、音楽、映像、コンピュータ・プログラムなど、人間の思想又は感情を創作的に表現したものを幅広く含みます。著作者(クリエイター)は、原則としてその著作物を勝手に複製・改変・公衆送信(インターネット上での配信など)されないようにコントロールできる権利を持っています。

一方で、著作権法には「権利制限規定」と呼ばれる仕組みが設けられており、社会や文化の発展のため、一定の条件を満たした場合は権利者の許諾なしで著作物を使っても良い場合があります。従来から存在する代表的な例としては「引用」(第32条)や「私的複製」(第30条)があります。今回焦点となる「柔軟な権利制限規定」も、この“権利制限”の一種です。

2.柔軟な権利制限規定が生まれた背景

2-1.AI・ビッグデータなどの急速な発展

近年、AIのディープラーニング技術などが急速に進化し、膨大なデータを収集・分析することで精度の高い予測や自動化を実現するサービスが増加しました。例えば、画像認識・自然言語処理・自動翻訳などの分野では、大量の著作物(文章や画像など)を「学習用データ」として扱う必要があり、その際にコピーや改変が行われることが少なくありません。

2-2.従来の権利制限規定の“硬さ”

従来の著作権法上の権利制限規定は、ある程度“限定的”に定義されていました。例えば、引用が認められる場面や要件は細かく定められており、「研究・分析」という目的に対して必ずしも柔軟には対応していなかった側面があります。そのため、新技術の活用や新たなビジネスモデルを生み出すうえで、法律上のハードルが高いという指摘があったのです。

2-3.社会的要請

イノベーション促進や新産業の育成といった観点から、「著作権者の経済的利益を不当に害さない範囲であれば、もっと自由に著作物を利用できるようにすべきだ」という議論が高まりました。そこで平成30年の改正では「柔軟な権利制限規定」を整備し、著作権法の適用範囲をより柔軟に解釈できるようにしたのです。

3.柔軟な権利制限規定(第30条の4など)の概要

3-1.「感情の享受を目的としない」利用とは?

今回の改正で特徴的なのは、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」というキーワードです。これは、著作物そのものを鑑賞して楽しむのではなく、あくまで分析や検証など技術的・実務的に利用する場合を指します。

たとえば、AIの学習用データとして画像や文章を取り込み、その中から特定のパターンを見つけ出す行為は「感情の享受」を目的としていないと考えられます。一方で、映画を上映して観客を楽しませる行為などは「感情の享受」を目的とするため、当然ながら今回の規定の対象外です。

3-2.要件:著作権者の利益を“不当に”害しないこと

本規定が適用されるためには、著作権者の正当な利益を不当に侵害しないことが重要な条件となります。具体的には、著作物を販売する市場を壊してしまうような利用(本来なら購入されるはずの著作物を無料で丸ごと提供するなど)は認められません。一方で、技術開発や社会的に有用な研究目的などで、著作物を部分的に解析したり複製したりする行為は、著作権者の利益を直接的に奪わない範囲であれば許容されやすくなっています。

4.具体的な適用例

4-1.AI開発のための学習データ収集

AIのディープラーニングには、大量のデータが不可欠です。例えば、画像認識技術を向上させるために数万〜数百万枚もの画像を機械に読み込ませる場合、従来はすべての画像の権利者から許可を得るのが理想でした。しかしそれは現実的に困難なため、今回の柔軟な権利制限規定によって、研究・開発目的であれば合法的にデータを活用しやすくなりました。

4-2.ビッグデータ解析やテキストマイニング

SNSの投稿や膨大なウェブ記事を統計的に解析し、ユーザーの嗜好や世論の傾向を探る手法は「テキストマイニング」と呼ばれます。こうした作業は一種のデータ解析なので、本来の目的はテキスト内容を“楽しむ”ことではありません。このような場合も柔軟な権利制限規定を活用することで、必要最小限の複製や加工が認められる可能性があります。

4-3.プログラム互換性の調査

ソフトウェア開発の現場では、異なるシステム同士の互換性を確保するためにコードを検証し、バグを見つける作業が頻繁に行われます。これらの調査も「感情の享受」ではなく技術的な目的であり、不当に権利者の利益を害しない範囲であれば、本規定の対象になる可能性があります。

5.注意点:何でも自由になるわけではない

5-1.「必要な限度」を超える利用はNG

改正法はあくまで、権利者の正当な利益を不当に害しない範囲にとどまります。例えば、研究目的だと称して著作物のコピーを大量配布し、実質的に著作物を“無償で公開”しているようなケースは当然認められません。

5-2.権利者とのトラブル回避

もしも利用方法がグレーゾーンであれば、可能な限り権利者から許諾を得るのが望ましいです。特に、ビジネスとして著作物を利用する場合や、研究成果の公開範囲が広い場合には、後から訴訟リスクが発生することもあります。

5-3.他の権利制限規定との比較

著作権法には、引用(第32条)・私的複製(第30条)・教育機関向けの権利制限(第35条)など、多彩な規定があります。実際にどの条文が適用されるかはケースバイケースです。特に今回の「柔軟な権利制限規定」は比較的新しい仕組みなので、ほかの規定と重なる場合にどちらを優先すべきか専門家と相談する必要があるでしょう。

6.改正著作権法の意義

柔軟な権利制限規定により、AIやビッグデータの活用が促進され、企業や研究機関がより積極的に新技術や新サービスを開発できる土壌が整いつつあります。日本の産業競争力向上や国際的なイノベーション競争への対応という意味でも、この改正が果たす役割は大きいと言えます。

一方、著作権者からすると、自分の著作物がどのような形で使われるのかを把握しづらくなったという懸念もあるかもしれません。実際に、ビッグデータ解析などで膨大な著作物がマイニングされても、最終的に利用された著作物が誰のものなのか明確に分からないケースも考えられます。そのため、権利者と利用者の相互理解や、適切なルール作りがますます重要になるでしょう。

7.今後の展望と留意点

  • さらなる技術進歩への対応
    AIの次には量子コンピュータやメタバースなど、新たなパラダイムが広がる可能性があります。著作権法も社会の変化に合わせて追加・改正が行われることが見込まれます。

  • トレーサビリティの整備
    ビッグデータ活用が進むほど、どの著作物がどの程度利用されたのか追跡が難しくなります。技術的・法的な仕組みづくりが不可欠です。

  • 国際的な調整
    インターネットを介して国境を越えたサービスが当たり前の時代には、諸外国の法制度との整合性を図ることも大きな課題です。日本の改正法だけで完結しない論点も多々あるため、国際的なルールづくりや協調の動向に注目が集まっています。

8.まとめ

平成30年の改正著作権法で導入された「柔軟な権利制限規定」は、AIやビッグデータによる新技術の研究開発など、従来の著作権法では想定されていなかったケースにも対応しやすくする制度です。「感情の享受」が目的でない利用に限り、一定の要件を満たせば著作権者の許諾を要しない点が大きなポイントとなっています。

ただし、著作権者の正当な利益を著しく害するような利用は認められません。実際の運用には、「どこまでが技術的・実務的な利用なのか」「結果的に著作物を無断公開していないか」など慎重な判断が必要です。グレーな部分に直面した場合は、弁護士や専門家に相談することでトラブルを回避しやすくなるでしょう。

著作権法初心者の方がこの新制度を理解しておくと、安全かつ効率的に技術・サービスを開発・提供できるようになります。今後も社会状況や技術の進歩に応じて、著作権法は更新・改正され続ける可能性がありますので、常に最新情報をキャッチアップしておくことが大切です。

■終わりに

改正著作権法で導入された「柔軟な権利制限規定」は、AI・ビッグデータ時代に必須ともいえる制度であり、企業や研究者、クリエイターのみならず、一般の方にも影響を及ぼす可能性があります。大切なのは、“どこまでが合法な利用で、どこからが権利侵害となるか”というラインを理解し、必要に応じて専門家に助言を求める姿勢です。本記事が、著作権法初心者の皆さまにとって、新制度を学ぶ手がかりとなれば幸いです。

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大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
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