はじめに――企業における著作物利用の著作権法上の課題

業務の一環として市販の書籍を複写したり、新聞記事をPDF化して社内サーバーに格納したりといった行為は、多くの企業で常態化しています。しかしながら、これらの行為が著作権法上どのように評価されるかについては、必ずしも十分な認識が共有されているとは言い難い状況にあります。

著作権法30条1項は、私的使用を目的とする複製を著作権者の許諾なく行うことを認める規定ですが、企業内で行われる著作物のコピーがこの規定の恩恵を受けられるかどうかは、長年にわたり議論の対象となってきました。加えて、テレワークの普及により、社内ネットワークやオンライン会議ツールを介した著作物利用が拡大し、公衆送信権(23条)の問題も重要性を増しています。

本記事では、企業内での著作物利用をめぐる著作権法上の諸問題について、学説の議論状況を踏まえながら整理します。

著作権法30条1項の規範構造

著作権法21条は著作権者に複製権を保障しており、著作物を無断でコピーする行為は原則として権利侵害を構成します。この原則に対する例外として位置づけられるのが、30条1項の私的使用のための複製です。

同項は、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」を目的とする場合に、使用者本人による複製を許容しています。ここで鍵となるのは、「個人的に」という要件と「家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」という要件の2つです。

家庭内での利用や親しい友人間での複製は疑いなく私的使用に該当しますが、企業という組織体のなかで行われるコピーについてはどう考えるべきでしょうか。

企業内複製への30条1項の適用――学説の対立

通説的見解:適用否定説

通説的な見解は、企業内で行われる著作物の複製に対しては30条1項の適用が及ばないとするものです。この見解の重要な論拠となっているのが、昭和51年(1976年)の著作権審議会第4小委員会(複写複製関係)報告書であり、同報告書は企業内複製を全面的に違法とする見解を打ち出しました。

この理解によれば、従業員が業務遂行のために市販書籍の一部を複写する行為や、社内勉強会の資料として論文を複製する行為は、部数の多寡にかかわらず著作権侵害を構成しうることになります。

適用否定説に対する批判

しかし、通説に対しては以下のような批判が加えられています。

第一の批判は、権利制限規定の解釈方法論にかかわるものです。通説は権利制限規定の厳格解釈を前提としますが、今日の著作権法学では、権利制限規定についても弾力的・目的論的な解釈を行うべきとする潮流が強まっています。著作権法の究極的な目的が文化の発展にある以上(同法1条)、過度に狭い解釈は法目的と背馳するおそれがあるという指摘です。

第二の批判は、30条1項の規範目的に関するものです。本規定には、閉鎖的・零細な利用が権利者に実質的損害を与えないという消極的根拠だけでなく、著作物へのアクセスを保障して文化の普及に資するという積極的根拠も認められます。この積極的根拠を重視すれば、企業内複製を一律に射程外とする解釈は見直しを要する可能性があります。

第三の批判は、規範と社会実態の乖離にかかわるものです。通説を貫徹すれば企業活動において日常的に行われている複製のほぼすべてが著作権侵害となりますが、そのような帰結は社会的に受容されておらず、法の実効性に疑問が生じています。

「個人的に」要件の解釈をめぐる議論

30条1項の解釈において特に争いが大きいのが「個人的に」という文言の意味内容です。

この文言について、「その人自身にのみ関係すること」「一人ないし少数の人間を中心とする態様」と把握する見解があります。この見解からは、たとえ企業に所属する従業員であっても、自己の学習や調査のために行う複製は「個人的に」の範疇に含まれると解する余地が生まれます。

さらに、複製の目的を「将来の業務に備えた教養的な目的」と「現在遂行中の業務に直結する目的」に区分し、前者については「個人的に」の要件充足を比較的容易に肯定できるとする分析も提示されています。後者についても、文理上は従業員個人が自らのために行う複製を含みうるとの読解は成り立ちますが、この点については見解が分かれています。

「家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」の判断要素

この要件については、質的要素と量的要素という2つの観点からの分析が求められます。

質的要素とは、利用者間の人的結合の密度を指します。企業における上司・同僚間の関係は雇用契約を基盤とするものであり、家族的な紐帯とは異なります。もっとも、社内のサークル活動や少人数の研究会のような場においては、より親密な人的結合が認められるケースも想定されます。

量的要素とは、関与する人数の多寡です。立法時の議論では3〜4名程度が想定されていたとされ、10名を超える場合には本要件を充たさないとする見解も存在します。したがって、企業の部署の規模は本要件の充足を左右する重要なファクターです。

公衆送信権と企業内著作物利用

企業内での著作物利用は、複製権の問題にとどまらず、社内ネットワークやオンライン会議を通じた送信行為について公衆送信権(23条)の観点からも検討を要します。

著作権法上の「公衆」の範囲

著作権法2条5項は「特定かつ多数の者」を公衆に含むと規定しています。したがって、従業員同士が互いに認識しあっている関係(特定の者)であっても、その数が多数に上れば「公衆」に該当することになります。「多数」の目安として文化庁が50名程度と言及した例がありますが、確定的な数値基準は存在しません。

実務上問題となる3つの場面

①社内ネットワークを通じた全社的共有
書籍の一部をPDF化し、社内ネットワーク上で全従業員に閲覧可能な状態で公開する行為です。従業員数が50名を超える場合には公衆送信権の侵害となる蓋然性が高いと評価されます。

②ウェブ会議における画面共有
データベースから取得した記事をZoom等のツールで少人数の会議参加者に共有する場面です。参加者が4〜5名程度であれば「公衆」への送信には該当しにくいものの、データベースサービスの利用規約による制約を別途確認する必要があります。

③社内資料の従業員端末への保存
社内ネットワーク上のPDFファイルを従業員が自身のパソコンにダウンロードして保存する行為です。当該ダウンロードは複製に該当し、30条1項の私的使用目的として許容されるか否かが争点となります。

オーバーライド問題の構造と射程

さらに実務上重要な論点として、いわゆる「オーバーライド問題」があります。これは、著作権法上の権利制限規定によって本来自由に行えるはずの利用を、当事者間の契約(利用規約等)によって制限することの可否をめぐる問題です。

オーバーライド条項の効力は、「準物権レベル」と「債権レベル」に分けて検討すべきとされています。著作権法の権利制限規定が強行法規としての性格を有するとの立場からは、契約によるその排除は準物権レベルでは認められないと解する余地があります。他方、債権的合意としては、契約自由の原則に照らして当事者間の拘束力が認められうるとの分析もあり、その有効性は個別の条項ごとに判断する必要があります。

とりわけ消費者契約においては、消費者契約法10条の適用により、オーバーライド条項が無効と評価される可能性が指摘されています。

実務上の留意事項

企業の法務部門や管理職においては、以下の事項への対応が重要です。社内ネットワークで著作物を共有する際には閲覧可能者の範囲を制限し、公衆送信権侵害のリスクを低減させることが肝要です。また、外部コンテンツサービスの利用規約に含まれるオーバーライド条項の有無を点検し、契約違反のリスクを事前に把握する必要があります。

加えて、著作権の集中管理団体(日本複製権センター等)との包括的許諾契約の締結は、適法な著作物利用の基盤を整備するうえで有効な選択肢です。企業内における著作物利用の適正化は、コンプライアンス上の要請としても今後一層重要性を増すものと考えられます。

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