
はじめに
法律書の奥付や表紙に「○○編」と記載されることは多いです。しかし、そこに名を連ねる者が当然に編集著作物の著作者となるわけではありません。この点を真正面から判断したのが、本稿で紹介する「著作権判例百選事件」の抗告審です(知財高決平成28年11月11日・平成28年(ラ)第10009号・判時2323号23頁)。
本件は、有斐閣の別冊ジュリスト『著作権判例百選〔第4版〕』の編者として名を連ねていた知的財産法の研究者が、『同〔第5版〕』の刊行に際し編者から外されたことを契機として、第5版が第4版の翻案に当たるとして出版差止めを求めた保全事件です。東京地裁が一度は仮処分命令を発令し(保全異議審でも維持)、有斐閣等による抗告を受けた知財高裁が、原決定を取り消して仮処分申立てを却下しました。
本決定は、編集著作物の著作者の判定枠組みに関するリーディングケースとして、実務家の書籍・雑誌の編集業務や共同執筆プロジェクトにおいて必ず押さえておくべき判断です。以下、前提知識を整理したうえで事案と争点を確認し、抗告審の判示と射程を検討します。

1 前提知識――編集著作物と「編」表示
(1) 編集著作物の意義(著作権法12条1項)
編集著作物とは、「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するもの」をいう(著作権法12条1項)。素材となる個々の論文や判例評釈それ自体に著作物性が認められるかどうかとは別に、素材をどのように集め、どのように並べるかという点に創作的表現が認められれば、編集物全体が一個の著作物として保護されます。
ここで重要なのは、編集著作物の創作性を基礎づけるのは、素材の選択・配列という具体的な表現の選択であり、抽象的なアイデアや企画の方向性ではないという点です。「この分野の基本判例は網羅しよう」「時系列ではなく論点別に並べよう」といった方針それ自体はアイデアであって、それを現実の百選・特集に落とし込む作業(どの判決を収録し、どの評者に依頼し、どの順序で配列するかを決定する作業)こそが、創作的表現を生み出す行為となります。
(2) 著作権法14条の著作者推定
著作権法14条は、著作物の原作品や公衆への提供・提示の際に「氏名若しくは名称又はその雅号、筆名、略称その他氏名若しくは名称に代えて用いられるものとして周知のもの」が著作者名として通常の方法により表示されている者は、その著作物の著作者と推定する旨を定めます。
書籍の表紙・奥付に「○○編」と記載されていれば、一般人はその者が編集著作物の著作者であると認識し得るから、14条の推定は及び得ます。ただし、あくまで「推定」であり、その者の実際の関与態様から創作的寄与が認められないことが立証されれば、推定は覆ります。本決定も、この構造を踏まえつつ個別の関与態様を実質的に評価しています。
(3) 旧版・新版の関係と「編集方針」の承継
判例百選のような継続的に改訂されるシリーズでは、旧版の編集方針(扱う分野・項目数・配列の大枠・評釈担当者への依頼方針等)が、ある程度新版に引き継がれることは通常です。この場合に問題となるのは、(a) 旧版が編集著作物として保護される場合に、その保護範囲に「編集方針」というアイデアまで含まれるのか、(b) 旧版の編者は新版に対しても著作者として権利を及ぼし得るのか、という点です。
抽象的なアイデアには著作権は及ばない(思想・感情の表現のみが保護される)のが著作権法の大原則であり、旧版編集者が抱いていた企画方針そのものは、新版での使用を差し止める根拠とはなり得ません。新版の編集著作者は、あくまで新版における素材の選択・配列に創作的寄与をした者として別個に認定されます。
2 事案の概要
有斐閣は、別冊ジュリスト『著作権判例百選』のシリーズを刊行してきましました。その第4版(平成21年刊行)の表紙および「はしがき」には、著名な知的財産法研究者4名(A・X・B・C)の氏名が「編」として表示されていましました。
その後、平成27年頃、有斐閣は第5版の刊行準備を進めることとなったが、編者構成を刷新し、Xを編者から外し、別の研究者を加える形で新たな編者陣を組成しました。Xは、第5版は第4版の翻案であり、第4版の編集著作者たる自己の著作権(翻案権)および著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)を侵害するとして、有斐閣および第5版の新編者に対し、第5版の出版・頒布等の差止めを求める仮処分を申し立てた。
東京地裁は、Xの申立てを認め、第5版の出版等を差し止める仮処分命令を発令し、保全異議申立てにおいても同命令を維持しました。これに対し、有斐閣ら相手方が保全抗告したのが本件です。
3 争点
本件の核心は、(1) Xが第4版の編集著作者と認められるか、(2) 仮に編集著作者性を基礎づける何らかの寄与があったとして、第5版がその保護範囲に及ぶ「翻案」に当たるか、という2点にあります。
さらに、氏名表示権・同一性保持権侵害の主張も、その前提として「Xが第4版の著作者(または少なくとも共同著作者)であること」を要するから、結局のところ第4版におけるXの寄与態様の実質的評価がすべての争点を貫く最重要論点となります。
4 知財高裁決定の判断
(1) 判断の枠組み――「編」表示と実質的関与の評価
知財高裁は、まず著作権法14条の著作者推定の構造を確認します。第4版の表紙に「A・X・B・C編」と表示され、はしがきにも4名連名の表示があったことから、Xにつき14条の推定が及ぶ余地があることを出発点としつつ、「編」という表示があっても、実際の編集過程における関与態様を具体的に検討し、創作的寄与の有無を実質的に判断する必要があるとする枠組みを示しました。
すなわち、編集著作物の著作者とは、当該編集物における素材の選択または配列について創作的な寄与をした者を指し、表示のみをもって直ちに著作者と認めることはできない、という実質的判断の立場を明確にしたのです。
(2) Xの関与態様の具体的評価
そのうえで決定は、第4版の編集過程におけるXの具体的関与を詳細に事実認定しました。認定された事実関係によれば、Xは編集会議等において一定の発言をし、アイデアや助言を提供することはあったものの、(a) 収録判例の選定(どの判決を入れ、どの判決を落とすか)に決定権を持たず、(b) 執筆者(評釈担当者)の人選についても最終的な判断権を持たず、(c) 配列の決定や各項目の執筆依頼・調整といった具体的編集業務の中心的担い手とは認められない、と評価されました。
決定は、Xの実質的な立場は、編集方針等に関してアイデアや助言を提供する「アドバイザー」にとどまり、第4版という編集物の具体的な素材の選択・配列という創作的表現の作出に寄与したとは認められない、と結論づけた。したがって、「編」表示に基づく14条の推定は覆り、Xを第4版の編集著作者(または共同著作者)と認めることはできない、としましました。
(3) 抽象的編集方針と著作権の及ぶ範囲
さらに決定は、仮にXが第4版の編集方針の策定にアイデア提供者として関与していたとしても、編集方針それ自体はアイデアの領域に属し、著作権法上の保護を受けるものではない、という点を示しました。
判例百選というシリーズの基本的な「型」(論点網羅的に重要判例を集め、見開き2頁で解説する、等)や、どの論点を柱とするかといった大枠の方針は、アイデアの域を出ません。これらを第5版において引き継いだとしても、それは第4版の「表現」を翻案したことにはなりません。翻案の要否を判断する対象は、あくまで第4版における具体的な選択・配列という創作的表現部分であり、その部分にXが創作的に寄与していない以上、Xは第5版に対して翻案権等の行使主体たり得ません。
(4) 結論
以上を踏まえ、知財高裁は、Xを第4版の編集著作者と認めることはできず、翻案権侵害・氏名表示権侵害・同一性保持権侵害のいずれについても被保全権利の疎明がないとして、原決定および仮処分命令を取り消し、仮処分申立てを却下しました。なお、報道によれば、Xは許可抗告を申し立てましたが、最高裁はこれを容れず、第5版は平成28年12月に刊行されています。
5 射程と実務への示唆
(1) 「編」表示の法的意味を相対化した意義
本決定の最大の意義は、法14条の推定は働き得るとしつつ、「編」と書かれているからといって当然に編集著作者になるわけではないという当然の帰結を、編集実務の具体的な事実関係に即して明確に示した点にあります。表示は推定の出発点にすぎず、実際の創作的寄与の有無が実質的に審査されます。
この枠組みは、判例百選型の書籍のみならず、論文集・記念論集・商業雑誌の特集・判例解説シリーズ・データベース・辞典類など、広く「編集著作物」と位置づけ得る出版物一般に及びます。
(2) 共同執筆・編集プロジェクトにおける地位の明確化
実務上特に重要なのは、共同執筆・共同編集のプロジェクトにおいて、各関与者の役割と権利関係をあらかじめ書面で明確化する必要性です。
具体的には、(a) 収録素材の選定・執筆者の人選・配列の決定といった編集行為のどの部分を、誰が実質的に担うのか、(b) 「編者」「監修」「企画」「アドバイザー」等の肩書の法的意味をどう整理するか、(c) 旧版から新版への改訂時に、旧版編者との関係をどう処理するか(改訂権の留保、新版編者組成の自由度、氏名表示のあり方)、といった点を、出版契約・編集委員委嘱書面等に落とし込んでおくことが肝要です。
特に、名目上「編」と表示される地位に就く者に対しては、それが著作者性を基礎づける関与を伴うのか、単なる監修・助言の立場にとどまるのかを事前に合意しておくべきです。本件は、この点が曖昧であったために紛争化した典型例と評価できます。
(3) 改訂・新版編成における自由度
出版社の視点からみれば、本決定は、旧版編者の一部を新版から外して編者陣を再編成する場合であっても、外された旧版編者が当該旧版の素材選択・配列に対する創作的寄与を欠く限り、著作権・著作者人格権に基づく差止めを受けるリスクは小さいことを示唆します。もっとも、旧版の具体的な選択・配列そのものを新版が相当程度踏襲する場合には、別途、新版が旧版の翻案に当たるかどうかという論点は残るため、新版は独自の素材選択・配列として再構築する意識が求められます。
(4) 著作者人格権との関係
氏名表示権・同一性保持権は、そもそも著作者(共同著作者を含む)に帰属する権利です。編集著作者と認められない者は、これらの人格権侵害を主張する余地もありません。本決定は、保全事件という差止めの局面で、人格権侵害の主張が著作者性という上流の論点で遮断されることを改めて確認しました。他方、肩書表示をめぐる契約上の信義則や、不正競争防止法上の信用毀損類似の主張は、また別途の枠組みで検討されることになります。
(5) 保全事件における疎明の程度
本件が保全事件であったこと、しかも原審で一度は仮処分が認容されていたことにも留意が必要です。保全手続における疎明の判断であっても、抗告審では事実関係を丁寧に再評価し、編集過程の具体的事実に基づいて創作的寄与の有無を判断しています。仮処分段階であっても、出版差止めが書籍の刊行・流通に与える重大な影響を踏まえれば、慎重な実質審理が要請されることを示した事例として参照価値が高いです。
6 まとめ
著作権判例百選事件抗告審決定は、(i) 編集著作物の著作者は「編」等の表示ではなく、素材の選択・配列という創作的表現への具体的寄与の有無で判断されること、(ii) 編集方針等の抽象的アイデアは著作権による保護の対象とならないこと、(iii) これらの結果、創作的寄与を欠く者は翻案権・氏名表示権・同一性保持権のいずれも行使し得ないこと、を明確にした判断です。
法律書・学術書・雑誌特集・各種データベース等、多数の関与者が関わる編集プロジェクトにおいて、肩書と実際の権限・業務の内実との乖離は往々にして起こります。本決定は、そうした乖離に起因する紛争を予防するためにも、プロジェクトの設計段階から関与者の役割・権利関係を書面で明確化しておくことの重要性を、実務家に対して強く示しています。
出典
- 知財高決平成28年11月11日・平成28年(ラ)第10009号(裁判所ウェブサイト掲載・判時2323号23頁)
- 著作権法12条、14条、20条、27条、28条
免責事項
本記事は、公開されている判決文および一般的な法律知識に基づき執筆した解説であり、個別の事件に関する法的助言を目的とするものではありません。具体的な事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の内容には正確を期していますが、その完全性・最新性について保証するものではなく、記事の利用により生じたいかなる損害についても、執筆者および掲載者は責任を負いません。
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