
【この記事の3行まとめ】
- 学生デモを警察官が無断撮影したことの適法性が争われた刑事事件で、最高裁大法廷は憲法13条を根拠に「みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由」を認めました
- その上で、①現行犯性②証拠保全の必要性・緊急性③方法の相当性がそろう場合には令状なしの警察官による撮影も許されるとし、本件の撮影自体は適法と判断しました
- 「肖像権」の語には留保を付しつつ人格的利益を正面から認めたこの判決は、SNS時代の無断撮影・無断掲載をめぐる現在の肖像権法理の出発点です
はじめに――スマホ時代の「肖像権」の原点は50年以上前の刑事事件
街頭で、電車内で、イベント会場で――誰もがカメラ付きのスマートフォンを持ち歩く現在、「勝手に撮影された」「撮った写真をSNSに載せられた」という相談は日常的なものになりました。こうした問題を考えるとき、裁判実務が必ず出発点に置くのが、京都府学連事件(最高裁大法廷昭和44年12月24日判決・昭和40年(あ)第1187号、刑集23巻12号1625頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)です。
50年以上前の、しかもデモ行進をめぐる刑事事件の判決が、なぜ今日の肖像権・プライバシー保護の基礎になっているのか。この記事では、事件の経緯と最高裁の判断、そして後の判例への広がりまでをわかりやすく解説します。
前提知識――「肖像権」という条文はない
意外に思われるかもしれませんが、日本の法律に「肖像権」を正面から定めた条文はありません。肖像権は、憲法13条(個人の尊重・幸福追求権)を根拠に、判例の積み重ねによって認められてきた権利です。
- 憲法13条――「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
- 人格権としての肖像権――みだりに容ぼう・姿態を撮影されず、撮影された写真をみだりに公表されない利益。私人間では民法709条の不法行為(損害賠償)や差止めの形で保護されます
この判例法理の最初の一歩が、国家権力(警察官)による撮影の適法性が争われた京都府学連事件でした。
事案の概要――デモ行進を撮影した警察官と、それに抗議した学生
昭和37年(1962年)、京都市内で京都府学生自治会連合(府学連)主催のデモ行進が行われました。デモは許可条件に違反する行進状況にあり、警察官が違法な状況を視察・採証するため、先頭集団の状況を歩道上から写真撮影しました。
これに抗議した学生が、持っていた旗竿で警察官を突き、傷害を負わせたとして、公務執行妨害罪・傷害罪で起訴されたのが本件です。学生側は「警察官の写真撮影は肖像権を侵害する違憲・違法な職務行為だから、公務執行妨害罪は成立しない」と主張しました。つまり本件は、損害賠償を求める民事訴訟ではなく、警察官の撮影行為の適法性が刑事裁判の中で争われた事件です。
最高裁の判断――「みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由」
1 憲法13条から導かれる自由
最高裁大法廷は、まず憲法13条が国民の私生活上の自由を警察権等の国家権力の行使に対しても保護する趣旨を含むとした上で、次のとおり判示しました。
個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。 これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。
「肖像権と称するかどうかは別として」という慎重な留保を付けながらも、承諾なしにみだりに撮影されない自由を最高裁として初めて正面から認めた部分であり、本判決が「肖像権判例の出発点」と呼ばれる理由です。
2 令状なしの撮影が許される3つの要件
もっとも、この自由も無制限ではありません。最高裁は、本人の同意も裁判官の令状もなく警察官による撮影が許容される場合として、次の基準を示しました。
現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。
整理すると、①現行犯性(現に犯罪が行われ、または行われて間がない)、②証拠保全の必要性・緊急性、③方法の相当性の3要件です。このような撮影は、犯人の身辺にいた第三者の容ぼう等が写り込んでも憲法13条・35条に違反しない、ともされました。
3 結論――本件撮影は適法、上告棄却
あてはめとして、本件はデモの許可条件違反という犯罪が現に行われていると認められる状況での、証拠保全のための歩道上からの撮影であり、上記の要件を満たす適法な職務執行だと判断されました。したがって公務執行妨害罪の成立が認められ、学生側の上告は棄却されています。「撮影されない自由を認めつつ、本件の撮影は適法とした」という判決の構造は、正確に押さえておきたいポイントです。

本判決の意義と射程――民事の肖像権法理への展開
京都府学連事件は国家権力(警察)対 個人という構図の刑事事件でしたが、そこで認められた「みだりに撮影されない自由」は、その後、私人間の民事紛争における肖像権法理へと発展していきます。系譜を代表する2つの最高裁判決を紹介します。
法廷内撮影・イラスト画事件(最判平成17年11月10日)
刑事事件の被告人が法廷内で隠し撮りされ、写真とイラスト画を週刊誌に掲載された事案で、最高裁は次のとおり判示し、京都府学連事件を明示的に引用しました(最判平成17年11月10日・平成15年(受)第281号、民集59巻9号2428頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)。
人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。
その上で、撮影が不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位・活動内容、撮影の場所・目的・態様・必要性等を総合考慮して、人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるかどうかで判断するという枠組みを示しました。撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も、あわせて認められています。現在の民事裁判で肖像権侵害の成否を判断する「受忍限度」の総合考慮は、この判決が確立したものです。
ピンク・レディー事件(最判平成24年2月2日)
肖像等の顧客吸引力を無断で利用する「パブリシティ権」が争われた事案でも、最高裁は、肖像等が「個人の人格の象徴」であることを出発点に、京都府学連事件以来の判例を引用して、これをみだりに利用されない権利を確認しました(最判平成24年2月2日・平成21年(受)第2056号、民集66巻2号89頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)。
同判決の調査官解説は、京都府学連事件が「肖像権と称するかどうかは別として」と留保していたのに対し、ピンク・レディー判決は肖像に関する人格的利益を権利として初めて正面から承認した点に判例法理上の重要な意義がある、と整理しています(中島基至・最高裁判所判例解説民事篇平成24年度1186頁参照)。京都府学連事件で蒔かれた種が、40年余りを経て「権利」として結実したことになります。
このように、①国家権力による撮影(京都府学連)→②私人間の撮影・公表(法廷内撮影事件)→③肖像の経済的利用(ピンク・レディー事件)へと、京都府学連事件を起点とする判例の系譜が積み重なっています。

実務への影響――SNS・街頭撮影・防犯カメラ
- SNSへの無断掲載――他人の顔が明確に写った写真を承諾なく投稿する行為は、受忍限度の総合考慮により肖像権侵害となり得ます。損害賠償のほか、投稿の削除請求や、匿名投稿者に対する発信者情報開示請求の対象にもなります
- 街頭・イベントでの撮影――公共の場所での撮影がすべて違法になるわけではありません。撮影の目的・態様、写り方(特定人を大写しにしたか、群衆の一部か)等の事情が考慮されます
- 防犯カメラ・ドライブレコーダー――正当な目的による相当な方法での撮影は適法とされる一方、目的外の利用・公開は別途問題になります
- 報道・取材――公共の利害に関する事項について相当な方法で行われる取材・報道は違法性が否定され得ます(法廷内撮影事件もこの調整を行っています)
よくある質問(FAQ)
Q1. 京都府学連事件とはどんな事件ですか?
A. 昭和37年の学生デモを警察官が無断で写真撮影したことの適法性が争われた刑事事件(公務執行妨害・傷害被告事件)で、最高裁大法廷が昭和44年12月24日に判決を下しました。憲法13条を根拠に「みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由」を認めた、肖像権法理の出発点となる判決です。
Q2. この判決は「肖像権」を認めたのですか?
A. 最高裁は「これを肖像権と称するかどうかは別として」と留保しつつ、憲法13条を根拠に、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を認めました。この判示が、後の民事判例(最判平成17年11月10日、最判平成24年2月2日など)で「法律上保護されるべき人格的利益」として引き継がれ、現在の肖像権法理の基礎になっています。
Q3. では警察官の撮影は違法とされたのですか?
A. いいえ。最高裁は、①現に犯罪が行われ(または行われて間がなく)、②証拠保全の必要性・緊急性があり、③相当な方法で行われる場合には、同意も令状もない撮影が許されるとし、本件の撮影はこれを満たす適法な職務執行と判断しました。
Q4. 現在のSNSや街頭での無断撮影にも関係がありますか?
A. はい。無断撮影・無断公開をめぐる現在の民事裁判実務は、この判決を出発点とし、法廷内撮影事件(最判平成17年11月10日)が確立した「受忍限度」の総合考慮によって判断されています。SNSに無断で顔写真を掲載された場合、削除請求・損害賠償請求・発信者情報開示請求を検討できます。具体的な事案は弁護士にご相談ください。
まとめ
- 京都府学連事件(最大判昭和44年12月24日)は、憲法13条を根拠に「みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由」を最高裁として初めて正面から認めた
- 同時に、①現行犯性②証拠保全の必要性・緊急性③方法の相当性を満たす警察官の撮影は適法とし、本件撮影自体は適法・上告棄却とした
- この判決を出発点に、法廷内撮影事件(受忍限度の総合考慮)・ピンク・レディー事件(パブリシティ権)へと続く肖像権判例の系譜が形成され、SNS時代の無断撮影・無断掲載への法的対応の基礎となっている
無断撮影・無断掲載のトラブルは、事案ごとの事情の総合考慮で結論が変わります。お困りの場合は、肖像権・プライバシー問題に詳しい弁護士にご相談ください。
出典・参考判例/参考文献
- 最大判昭和44年12月24日・昭和40年(あ)第1187号(刑集23巻12号1625頁)〔京都府学連事件〕・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
- 最判平成17年11月10日・平成15年(受)第281号(民集59巻9号2428頁)〔法廷内撮影・イラスト画事件〕・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
- 最判平成24年2月2日・平成21年(受)第2056号(民集66巻2号89頁)〔ピンク・レディー事件〕・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
- 憲法13条、刑訴法218条(条文はe-Gov法令検索の現行法で照合)
- 中島基至「判解」最高裁判所判例解説民事篇平成24年度1179頁以下(特に1186頁)
免責事項
本記事は、裁判所ウェブサイトで公開されている判決情報および一般的な法律情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的アドバイスではありません。実際の対応にあたっては、必ず弁護士にご相談ください。
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