はじめに

お気に入りの画家から直接購入した一枚の絵。自宅に飾って眺める喜びは格別ですが、友人のレストランオーナーから「店にも飾りたい」と言われたとき、あなたは迷わず「いいよ」と答えられるでしょうか。

実は、絵画を購入して手に入るのは「物としての所有権」であって、「著作権」は画家のもとに留まります。そして著作権のなかには、作品を公の場で展示する行為を制御できる「展示権」という権利が含まれています。では、所有者は自分のお金で買った作品すら自由に展示できないのか――ここに著作権法45条1項という重要な調整規定が登場します。

さらに、購入時に画家との間で展示に関する取り決めがあった場合、法律と契約のどちらが優先するのかという難問も浮上します。本稿では、これらの問題を体系的に整理します。

展示権とは

著作権法25条は、美術の著作物および未発行の写真の著作物の原作品について、これを「公に展示する」権利を著作権者の専有とする旨を規定しています。ここにいう「公に」とは、不特定または多数の者が観覧できる状態をいいます。

自宅で家族と鑑賞するのは「公」にはあたりませんが、カフェ、ギャラリー、ホテルのロビーなど不特定多数がアクセスできる空間に掲出する行為は「公の展示」と評価されます。つまり、著作権者の許可なくこうした場所に作品を展示すれば、展示権の侵害となり得るのです。

著作権法45条1項――所有者のための調整規定

しかしながら、美術品の所有者が作品を公に展示するたびに著作権者の了承を得る必要があるとすれば、取引上きわめて不便です。美術品の流通を阻害しかねません。

そこで著作権法45条1項は、原作品の所有者、またはその同意を得た者が、原作品を公に展示することを認めています。この規定により、所有者は著作権者の許諾なしに作品を公の場所に飾ることができ、さらに所有者から同意を受けた第三者(たとえば作品を借り受けた飲食店オーナー)も同様に展示が可能となります。

外国人アーティストの作品への適用

グローバルなアート市場の拡大に伴い、海外作家の作品を日本で展示する機会も増えています。この場合の準拠法は、利用行為が行われる国の法律、すなわち日本法です。

加えて、日本が締約国であるベルヌ条約の内国民待遇原則(5条)に基づき、条約加盟国の著作者は日本国内で日本人著作者と同等の保護を受けます(著作権法6条3号)。世界の大多数の国がベルヌ条約に加盟しているため、海外で取得した作品であっても日本での展示には45条1項がそのまま適用されます。

契約と法律が衝突する場面――オーバーライド問題

何が問題になるか

作家から作品を購入する際、「自宅での鑑賞に限る」「商業目的の展示は不可」といった条件が付されることがあります。この約束に同意して作品を入手した場合、著作権法45条1項が付与する展示の自由と契約上の制限のどちらが優先されるのでしょうか。

権利制限規定と契約の優劣

この問題は「契約による権利制限規定のオーバーライド問題」として知られています。平成19年の文化審議会著作権分科会報告書は、各権利制限規定が強行規定(契約で排除できない規定)か否かを個別に判断すべきとし、強行規定でない場合もビジネスの実態や制限の合理性を総合的に勘案すべきとの方針を打ち出しました。

45条1項は強行規定か任意規定か

この論点について正面から判断した裁判例はまだ存在しませんが、45条1項は所有者と著作権者という私人間の利益を調整する趣旨の規定です。私的複製(30条)や引用(32条)のように表現の自由や学問の発展といった公益を直接的に支える規定とは性質が異なります。

このことから、45条1項は任意規定と解するのが妥当であり、購入時に展示制限の合意がなされていれば、その契約は有効に成立すると考えられます。

約束に違反した場合の法的帰結

所有者が契約に反して第三者の店舗に作品を貸し出し、展示させた場合の法律関係を整理します。

まず押さえるべきは、「契約違反」と「著作権侵害」は別個の法律問題だということです。店舗側は所有者の同意を得て展示しているため、著作権法45条1項の要件は形式的に充足しています。所有者・作家間の約束はあくまで当事者間の契約であり、それに反したからといって展示行為自体が展示権侵害になるわけではありません。

したがって、所有者は作家に対して債務不履行責任(損害賠償等)を負い得ますが、店舗オーナーの展示行為は45条1項で保護される可能性が高いと考えられます。

実務上のチェックポイント

美術品を取引する際には、次の点を意識しておきましょう。第一に、作品の購入は「所有権の取得」にすぎず、著作権は別途の譲渡契約がない限り移転しません(著作権法61条1項)。第二に、購入時に展示条件の有無を確認し、可能な限り書面に残しておくことが後日のトラブル回避に有効です。第三に、美術館やホテル等から展示の依頼を受けた際は、購入時の条件を必ず再確認すべきです。

おわりに

絵画を「買った」としても、あらゆる場面で自由に飾れるわけではありません。展示権という著作権法上の権利が存在するからです。もっとも、45条1項の調整規定により、所有者は原則として著作権者の許諾なく原作品を公に展示できます。

ただし、購入時に展示制限の合意がある場合は別です。45条1項が任意規定であると解するならば、契約による上書き(オーバーライド)が認められ、所有者はその約束に拘束されます。「所有していること」と「自由に展示できること」はイコールではない――この認識が美術品取引の出発点です。

参考法令等
著作権法25条(展示権)、45条(美術の著作物等の原作品の所有者による展示)、6条(保護を受ける著作物)、61条1項(著作権の譲渡)
ベルヌ条約5条(内国民待遇)
平成19年1月 文化審議会著作権分科会報告書

お問い合わせはこちらから|虎ノ門法律特許事務所

著作権・知的財産のトラブルでお悩みの方は、まずはお気軽にご相談ください。
初回のご相談では、事案の概要をお伺いし、今後の見通しと対応方針をご説明いたします。

お問い合わせ・ご相談はこちら

TEL: 03-6205-7455(平日対応)

お問い合わせはこちらから|虎ノ門法律特許事務所

大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
著作権、肖像権、パブリシティ権、プライバシー権について、トラブル解決のお手伝いを承っております。音楽・映画・動画・書籍・プログラムなど、様々な版権・著作物に精通した弁護士が担当しておりますのでお気軽にお問合せください。

LINEでのお問合せ

LINEでのご相談も承っております。(無料相談は行っておりません) LINEでのお問い合せ

お電話でのお問合せ

電話対応時間 平日 午前9時~午後9時、土日祝 午前9時〜午後6時 虎ノ門法律特許事務所 電話

メールでのお問合せ

メールでのお問い合せ

費用

相談料

法律相談料は、1時間11,000円(税込)、のち30分ごとに5,500円(税込)です。  

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

おすすめの記事