
1. はじめに―ネット通販の「商品写真」を無断利用されたら?
ECサイトやネットショップを運営している方であれば、一度は「自分が撮った商品写真を、同業他社にそっくりそのままコピペされた」という経験があるのではないでしょうか。逆に、仕入れた商品を転売する際に「メーカーのサイトに載っている写真をそのまま使ってしまった」という方もいるかもしれません。
商品写真は、プロのカメラマンが作品として撮影する「芸術写真」とは異なり、ライティングも構図もごく普通で、むしろ「商品を正確に見せる」ことが目的です。このような写真にも著作権は発生するのでしょうか。仮に著作物だとしても、どの範囲まで保護されるのでしょうか。
この問いに正面から答えた有名判例が、本記事で取り上げる スメルゲット事件(知財高判平成18年3月29日・平成17年(ネ)第10094号) です。本人訴訟で一審敗訴ののち、控訴審で逆転勝訴となった珍しい事件であり、商品写真の著作物性について「創作性の程度は極めて低く、著作物性を肯定し得る限界事例に近い」という独特の表現を用いた、著作権判例百選掲載のリーディングケースです。
本記事では、判決文をもとに事案・争点・判旨を整理したうえで、実務で頻出する「写真の著作物性」について、射程と実務対応を検討します。
本件の基本情報
裁判所:知的財産高等裁判所第4部
判決日:平成18年3月29日
事件番号:平成17年(ネ)第10094号
事件名:損害賠償請求控訴事件(原審:横浜地判平成17年5月17日・平成16年(ワ)第2788号)
掲載誌:判タ1234号295頁、判時1961号164頁
裁判所HP:判決文PDF・裁判所ウェブサイト

2. 前提知識―写真の著作物と「創作性」
2-1 著作物の要件
著作権法2条1項1号は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義します。このうち、本件で問題となるのは 「創作的に表現した」(創作性) の要件です。
創作性は、独創性・芸術性・新規性とは異なり、「作者の個性が何らかの形で表れていれば足りる」 と一般に解されています(通説・判例)。したがって、ごくわずかでも作者の個性的工夫が認められれば、著作物性は肯定されます。
2-2 写真の著作物―被写体選択から構図まで
著作権法10条1項8号は「写真の著作物」を著作物の例示として挙げます。写真における創作性は、典型的には以下の各要素に現れるとされます。
- 被写体の選択・配置(何を、どう並べて撮るか)
- 構図・カメラアングル(どの角度から、どのフレームで撮るか)
- 光線・陰影の演出(ライティング、露光、シャッタースピード)
- 背景の設定(シンプルな背景か、風景か、小物を添えるか)
- シャッターチャンスの選択(いつ、どの瞬間を切り取るか)
以上のような「人為的操作」が写真の表現に独自性として現れていれば、創作性が肯定されます。裏を返せば、これらの要素に何ら工夫がない機械的・自動的な写真(監視カメラの静止画や、スキャナ的な書籍の複写)は、創作性が否定されやすいということになります。
2-3 「ありふれた表現」と限界事例
創作性のハードルは決して高くありませんが、誰が撮っても同じようになる「ありふれた表現」 は創作性が否定されます。証明写真、商品スペック表示のための図録的写真、単純な平面物の複写写真などがその典型です。
しかし、商品の宣伝用写真はその中間領域にあり、「多少の工夫はあるがごく限定的」というケースが大量に発生します。このとき、著作物性を肯定するか否か、肯定するとして保護範囲をどうするかが悩ましい問題となります。本件は、まさにその「限界事例」の処理に関するリーディングケースです。
3. 事案の概要
3-1 当事者と商品「スメルゲット」
本件の訴訟物を成す商品は、 「スメルゲット」 と呼ばれる消臭・脱臭剤です。住宅建材から放出されるホルムアルデヒド等の化学物質を吸着・分解する機能をうたい、シックハウス症候群対策用品としてインターネットで販売されていました。商品形態は、室内に据え置く固形タイプと霧吹き(スプレー)タイプの2種類が主なバリエーションでした。
当事者構成を簡略化すると以下のとおりです(詳細は図1参照)。
- 控訴人(原告・一審敗訴):スメルゲットの販売者Aから営業権の譲渡を受け、ウェブサイト上で同商品を販売していた事業者。営業権譲渡に伴い、商品写真・商品説明文等の著作権も併せて譲り受けたと主張。
- 被控訴人(被告):自社ホームページでスメルゲットを取り扱っていた同業者。控訴人側サイトに掲載されていた商品写真と説明文を、自社のサイトにそのままコピーして掲載した。
3-2 侵害行為の態様
被控訴人らは、控訴人側サイトに掲載されていた 商品写真をそのままコピー(画像ファイルとして保存し、自社サイトにアップロード)し、商品説明文についても同一の文章を掲載しました。写真はトリミングや加工もほとんどなされず、ほぼ「まる写し」の状態でした。
3-3 原審(横浜地裁)の判断
原審の横浜地裁(平成16年(ワ)第2788号)は、本件写真は「商品を忠実に再現しただけで、撮影者の個性が発揮されたとはいえない」として、著作物性を否定し、原告請求を棄却しました。原告は弁護士を付けず本人訴訟で争いましたが、一審では敗訴に終わりました。
これに対して原告は知財高裁に控訴し、控訴審で逆転勝訴となったのが本判決です。
4. 争点
本件控訴審の主な争点は、以下の通りです(図2参照)。
| 争点 | 内容 |
| ---- | ---- |
| 争点1 | 本件各商品写真に 著作物性(創作性)が認められるか |
| 争点2 | 認められるとして、その 保護範囲 はどこまで及ぶか |
| 争点3 | 商品説明文に 言語の著作物性 が認められるか |
| 争点4 | 控訴人が著作権者から著作権の 譲渡 を受けていたか(原告適格) |
| 争点5 | 被控訴人の行為が 複製権侵害 に該当するか、損害額はいくらか |
本記事では、著作権法上最も重要な争点1と争点2に焦点を当てて解説します。
5. 裁判所の判断
5-1 写真の著作物性に関する一般論
知財高裁は、まず写真の著作物性について、以下のような一般論を展開しました(判文の趣旨要約)。
写真は,被写体の選択・組合せ・配置,構図・カメラアングルの設定,シャッターチャンスの捕捉,被写体と光線との関係(順光,逆光,斜光等),陰影の付け方,色彩の配合,部分の強調・省略,背景等の諸要素を総合してなる一つの表現である。・・・撮影に当たってどのような技法が用いられたのかにかかわらず,静物や風景を撮影した写真でも,その構図,光線,背景等には何らかの独自性が表れることが多く,結果として得られた写真の表現自体に独自性が表れ,創作性の存在を肯定し得る場合があるというべきである。
これは通説的見解を踏襲したものといえますが、本判決で注目すべきは、このあとに続く「限界事例」処理の枠組みです。
5-2 本件写真についての著作物性判断
裁判所は、本件写真を具体的に検討し、以下のように判断しました。
- 本件写真は、商品の固形タイプ・スプレータイプを 白背景で並べ、商品ラベルの見える角度から撮影した ものにすぎず、プロカメラマンの作品のような高度な創意工夫は見られない。
- しかし、被写体の配置(商品の並べ方)、構図・カメラアングル、光線の当て方、背景の設定等にそれなりの独自性 があり、撮影者の個性が全く表れていないとまではいえない。
- したがって、本件写真には 創作性が認められ、著作物性を肯定できる。
もっとも、直後に以下のような特筆すべき留保が付されました。
本件各写真については,前記認定のとおり,被写体の組合せ・配置,構図・カメラアングル,光線・陰影,背景等にそれなりの独自性が表れているのであるから,創作性の存在を肯定することができ,著作物性はあるものというべきである。他方,上記判示から明らかなように,その創作性の程度は極めて低いものであって,著作物性を肯定し得る限界事例に近いものといわざるを得ない。
この「限界事例」という文言が、本判決を判例百選掲載級の重要判例たらしめている最大のポイントです。
5-3 保護範囲についての射程限定
裁判所は、著作物性を肯定しつつ、保護範囲について以下のように射程を限定しました。
創作性が微少な場合には,当該写真をそのままコピーして利用したような場合にほぼ限定して複製権侵害を肯定するにとどめるべきものである。
つまり、「著作物性は認めるが、実質的同一といえるのはデッドコピー類型のみ」という 薄い保護(thin copyright) のアプローチを採用したのです。これは、米国著作権法における "thin copyright" 理論(保護範囲を狭く限定する)と構造的に類似する判断です。
5-4 本件での侵害認定
本件では、被控訴人は控訴人サイトから 画像ファイルをそのままダウンロードしてコピー掲載 しており、典型的なデッドコピー類型に該当しました。したがって、創作性が微少であっても複製権侵害が成立すると判断され、控訴人の請求が認容されました。
商品説明文についても、類似の枠組みで言語の著作物性と複製権侵害が認められ、損害賠償が認容されています。
6. 判例の意義と射程―実務への示唆
6-1 「限界事例」の二段階判断枠組み
本判決が実務上画期的だったのは、 「著作物性の肯否」と「保護範囲の広狭」を別々に論じた 点にあります。従来の判例は、著作物性を肯定すれば一律に通常の保護を与え、否定すれば一切保護しないという「オール・オア・ナッシング」型が大勢でした。
これに対し本判決は、以下の二段階で判断する枠組みを事実上定立しました(図3参照)。
- 第1段階:著作物性の有無 撮影者の個性がごくわずかでも現れていれば肯定
- 第2段階:保護範囲の広狭 創作性の程度が低ければ、デッドコピー類型にほぼ限定
この枠組みは、商品写真、カタログ写真、データベース的な編集物など、創作性が微妙なケースにおいて、 「一応は著作物として認めるが、類似写真まで権利を広げさせない」 という妥当な結論を導くために有用で、後続裁判例にも大きな影響を与えました。
6-2 商品写真実務への示唆
本判決を踏まえた実務上の留意点を整理します。
(1) 撮影側(ECサイト運営者・メーカー)の視点
自社の商品写真に著作権主張をする場合、一応は著作物として認められる可能性が高いものの、 保護範囲は極めて狭い ことを覚悟する必要があります。したがって、侵害対応を考えるなら、次のような戦略が有効です。
- 侵害対策の射程を 「デッドコピー」に絞って 警告・請求を設計する。
- コピー事実の立証(画像ファイルのハッシュ値一致、メタ情報の一致、特徴的なゴミやノイズの一致等)を確実に行う。
- 同時に、 不正競争防止法2条1項1号・2号(周知・著名表示混同) や 不法行為(民法709条)・取引秩序違反 を予備的に主張することも検討する。
(2) 利用側(出品者・転売事業者)の視点
「メーカーのホームページから画像を拾って使う」「仕入れ先のカタログ画像をそのまま使う」といった行為は、本判決の射程では完全に侵害となる可能性が高い ため、極めてリスクが高い行為です。創作性が低いからといって「コピー OK」と判断してはいけません。
安全策は次のとおりです。
- 自社で商品を撮影する(商品現物さえあれば、著作権トラブルから離脱できる)。
- メーカー公式の 使用許諾条項 を確認し、素材提供プログラム等を利用する。
- ドロップシッピング等で 明示的な画像使用許諾 を契約書で取得する。
6-3 後続裁判例への影響
本判決の「限界事例」論は、その後の裁判例でも継承・応用されています。
- ハワイ風景写真ブログ無断掲載事件(東京地判平成25年3月7日・平成23年(ワ)第32584号):ブログに無断掲載された風景写真の著作物性と損害額を論じた事例。創作性と保護範囲の相関関係が踏襲されています。
- モデル撮影写真事件(東京地判):モデルを撮影した写真についてカメラマンの単独著作物性を認めつつ、商業写真の保護範囲を論じた先例。
商品写真に限らず、創作性が微妙な作品(編集著作物、地図、キャッチコピー、プログラム等)の保護範囲を論じる際、本判決の 「創作性と保護範囲の相関関係」 は理論的支柱となっています。
6-4 司法試験・知財法学習への視点
司法試験選択科目「知的財産法」では、著作権法の出題範囲に本判決の射程が含まれます。論点を整理しておくと以下の通りです。
- 創作性の低さ ≠ 著作物性の否定(本判決は肯定)
- 創作性の程度と保護範囲の相関(本判決が事実上定立)
- デッドコピー類型に限定した複製権侵害(限界事例処理)
答案例として典型的な出題は、「商品写真の無断転載」事例で、(i) 著作物性の有無、(ii) 保護範囲の広狭、(iii) 複製権侵害の成否を順次論じる構成が求められます。この構造を記述できることが、著作権分野の応用力のリトマス試験紙となります。
7. まとめ
スメルゲット事件知財高裁判決は、一見地味な商品写真のネット転載事件でありながら、「著作物性の肯否」と「保護範囲の広狭」を切り離して判断する という、日本著作権法実務において極めて重要な枠組みを提示した判決です。
押さえるべき要点は以下のとおりです。
- 創作性のハードルは低い。被写体配置・構図・光線等にごくわずかな工夫があれば著作物性は肯定される。
- ただし、創作性の程度が低い「限界事例」では、保護範囲はデッドコピー類型に限定される。
- 商品写真の 無断コピペは原則アウト。創作性が低いから大丈夫、という理屈は通らない。
- 撮影側は デッドコピー立証、利用側は 自前撮影・使用許諾取得 を徹底すべき。
本人訴訟で一審敗訴ののち、知財高裁で逆転勝訴という、実務家にとっても示唆に富む経緯をたどった判決です。商品写真・カタログ画像の取扱いに悩むEC事業者・メーカー法務担当者・司法試験受験生のいずれにとっても、必読の一件といえるでしょう。
出典・参考判例
- 本件判決:知財高判平成18年3月29日・平成17年(ネ)第10094号・判タ1234号295頁、判時1961号164頁
- 原審:横浜地判平成17年5月17日・平成16年(ワ)第2788号
- 関連裁判例(ハワイ風景写真ブログ無断掲載事件):東京地判平成25年3月7日・平成23年(ワ)第32584号
免責事項
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(掲載:https://chosakukenhou.jp / 著作権判例シリーズ 第7回)
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