
【この記事の3行まとめ】
- 住宅地図をコピーして業務に使っていたポスティング会社に、裁判所は約2億1296万円の損害賠償責任を認めました(請求は一部請求3000万円のため認容はその範囲)
- 地図は「事実を写しただけ」に見えても、情報の取捨選択・表示方法・検索の工夫に個性が表れていれば著作物として保護されます
- 損害額は1頁あたり200円×複製96万9801頁という計算。業務での「ちょっとコピー」の積み重ねが会社と代表者個人の巨額責任に直結します
はじめに――「地図のコピー」は日常業務に潜むリスク
配達エリアの管理、訪問営業のルート作り、物件案内――住宅地図をコピーして使う場面は、多くの会社の日常業務に紛れ込んでいます。「事実を描いただけの地図に著作権なんてあるの?」と思われるかもしれません。
この問いに明確な答えを出したのが、本記事で取り上げるゼンリン住宅地図事件(東京地判令和4年5月27日・令和元年(ワ)第26366号、著作権侵害差止等請求事件・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)です。裁判所は住宅地図の著作物性を肯定し、96万9801頁ものコピーをしたポスティング会社とその代表者個人に、計算上約2億1296万円の損害を認定しました。
この記事では、①なぜ地図に著作権が認められるのか、②損害額はどう計算されたのか、③地図を業務で使う会社は何に気をつけるべきか、をわかりやすく解説します。
前提知識――地図はなぜ・どこまで著作物なのか
著作権法は地図を著作物として例示している
著作権法10条1項6号は「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」を著作物の例として挙げています。ただし、この類型に形式的にあてはまれば自動的に保護されるわけではなく、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(2条1項1号)といえるだけの創作性が必要です。
「事実」は保護されない。では地図のどこに創作性があるのか
地形や建物の位置関係は客観的な事実であり、事実そのものは著作権では保護されません。地図は現実を正確に写すことが使命なので、表現の自由度が小さく、著作物性が争われやすい類型です。
それでも裁判例は、①どの情報を載せ、どの情報を省くかの取捨選択、②情報の配列、③記号・色彩・レイアウトなど表示方法の工夫に制作者の個性が表れれば、創作性を認めてきました。古くは住宅地図の著作物性を肯定した富山地判昭和53年9月22日(富山住宅案内図事件)があり、史跡ガイド用の地図について、実物に近い形にしながら適宜省略・デフォルメした記載に創作性を認めた裁判例もあります(東京地判平成13年1月23日・判時1756号139頁〔ふぃーるどわーく多摩事件〕。駒田泰土「著作物と作品概念との異同について」知的財産法政策学研究11号147〜148頁参照)。
住宅地図の特殊性
住宅地図には、①居住者名・事業所名の記載、②建物の敷地形状(家形枠)の表示、③建物種別ごとの記号の使い分け、④検索の便宜のための索引・ページ割りなど、一般の道路地図にはない情報量と工夫があります。調査員による現地調査と編集判断を経て作り込まれるため、制作者の個性が発現しやすいのです。

事案の概要
当事者
原告は、住宅地図で全国的に知られる株式会社ゼンリン。被告は、東京都を中心にポスティング事業を営む会社と、その代表者個人です。
何が起きたか
被告会社は、配布区域の管理や配布員への指示のために、ゼンリンの住宅地図をコピーし、切り貼り加工して配布エリア地図を作成。これを複製して配布員に渡し、さらにウェブサイトにも掲載していました。その複製頁数は、実に96万9801頁と認定されています。
ゼンリンは、複製権・譲渡権・公衆送信権の侵害を理由に、差止めと3000万円の損害賠償(一部請求)を求めて提訴しました。
争点
主な争点は、①住宅地図の著作物性、②複製・譲渡・公衆送信の成否、③代表者個人の責任、④損害額(著作権法114条3項の使用料相当額)です。
裁判所の判断
(1)住宅地図の著作物性――「取捨選択と表示の工夫」を認定
被告らは「住宅地図は都市計画基本図などの客観的な地理情報を機械的に写し取ったもので、創作性の余地に乏しい」と争いました。
しかし裁判所は、ゼンリンの地図が、(a)都市計画図等をベースにしつつ従前の住宅地図の情報を重ね合わせ、(b)調査員が現地調査で家形枠の形状等を確認して情報を追加し、(c)目的の場所を探しやすくする工夫を施し、(d)施設をイラストでわかりやすく表示し、(e)道路名・建物居住者名・住居表示等を記載する、という一連の編集過程を経ていることを重視しました。そのうえで、長年住宅地図を作成販売してきた原告が、必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法で表示したものと評価し、著作物性を肯定しました。
情報の取捨選択・表示方法の工夫・検索性のためのレイアウトという3つの局面で創作性を具体的に認定した点は、今後の地図の著作物性判断の指針になります。
(2)複製・公衆送信の成立
コピーと切り貼りによる配布エリア地図の作成・配布員への交付・ウェブ掲載の事実は証拠上明らかとされ、複製権・譲渡権・公衆送信権の侵害が認められました。切り貼り加工を経ても、元の地図の表現上の本質的特徴が感じ取れる形で利用されていれば侵害は成立します。
(3)代表者個人の責任
裁判所は、代表者個人が侵害行為を主導したと認定し、会社と連帯して賠償責任を負うと判断しました。「会社がやったことだから個人は無関係」とはならない点に注意が必要です。
(4)損害額――1頁200円×96万9801頁
裁判所は著作権法114条3項(使用料相当額)に基づき、地図1頁あたりの使用料相当額を200円と認定。これに複製頁数96万9801頁を乗じた1億9396万0200円に弁護士費用相当額1900万円を加え、合計2億1296万0200円の損害を認定しました(原告の請求が3000万円の一部請求だったため、判決主文ではその範囲で認容)。あわせて、複製・譲渡・公衆送信の差止めと複製物の廃棄も命じられています。

本判決の意義と実務への影響
「便利だから少しコピー」が巨額賠償になる
本判決の最大のメッセージは、業務目的の地図コピーが1頁単位の機械的な計算で高額賠償に直結することを示した点です。1頁200円は一見小さな金額ですが、日常業務で積み重なった複製頁数を乗じると、あっという間に億単位になります。
ポスティング・訪問営業・ルート配送・不動産・介護訪問など、住宅地図を業務利用する事業者は、次の点を確認してください。
- 利用範囲に応じた正規のライセンス契約(ゼンリンの複製利用許諾・業務用電子地図ライセンス等)を締結しているか
- 社内でのコピー・切り貼り・スキャン・PDF化・共有サーバ掲載は、契約で明示的に許されていない限り複製権・公衆送信権侵害になり得ること
- ウェブサイトやSNSへの地図画像の掲載は、アップロードの時点で公衆送信権侵害が成立し得ること
- 代表者個人にも責任が及び得ること
地図の著作物性判断への影響
本判決は、富山住宅案内図事件以来の裁判例の流れに沿って、「情報の取捨選択+表示方法の工夫+検索性の編集」という複合的な視点で住宅地図の創作性を認定しました。単なる地形の機械的な転写ではなく、悉皆調査と編集判断が介在する限り、住宅地図は広く著作物として保護されることが確認されたといえます。
一部請求という訴訟戦略
原告は損害全体(2億円超)のうち3000万円の一部請求にとどめました。明白な大量複製事案では、まず一部請求で判決を取得し、その後の交渉・追加請求につなげる戦略が有効であることを示す例でもあります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 地図はただの事実の記録なのに、なぜ著作権があるのですか?
A. 事実そのもの(建物の位置・地形)は保護されません。しかし、どの情報を載せるかの取捨選択、記号・色彩・レイアウトなどの表示の工夫に制作者の個性が表れていれば、その表現が著作物として保護されます。住宅地図は現地調査と編集判断の積み重ねで作られるため、創作性が認められやすい類型です。
Q2. 会社の業務で使うために少しだけコピーするのもダメですか?
A. 私的使用のための複製(著作権法30条1項)は「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」に限られ、業務目的のコピーには適用されません。1枚のコピーでも形式的には複製権侵害となり得ます。業務利用には権利者のライセンスが必要です。
Q3. 賠償額の「1頁200円」はどうやって決まったのですか?
A. 著作権法114条3項は、著作権の行使につき受けるべき金銭の額(使用料相当額)を損害として請求できると定めています。裁判所は本件でゼンリンの地図1頁あたりの使用料相当額を200円と認定し、複製頁数96万9801頁を乗じて損害額を算定しました。
Q4. Googleマップや国土地理院の地図なら自由に使えますか?
A. それぞれ利用規約・利用条件があります。Googleマップには埋め込み等の許容範囲を定めた規約があり、国土地理院の地図も出典明示等の条件付きで利用できる場合がありますが、いずれも無条件の自由利用ではありません。商用利用の前に必ず規約を確認してください。
Q5. ウェブサイトに地図の画像を載せてしまいました。どうすればよいですか?
A. 掲載の継続は公衆送信権侵害の状態が続くことを意味します。速やかに削除したうえで、利用実態を整理し、必要に応じてライセンス契約の締結や権利者との協議を検討してください。対応にお悩みの場合は弁護士にご相談ください。
まとめ
ゼンリン住宅地図事件(東京地判令和4年5月27日)のポイントを整理します。
- 住宅地図は、情報の取捨選択・表示方法・検索性の工夫に創作性が認められ、著作物として保護される
- 業務目的のコピーに私的使用の抗弁は使えず、1頁200円×約97万頁=約2億円という損害算定が現実に行われた
- 会社だけでなく代表者個人の連帯責任も認められた
- 地図を業務で使う事業者は、ライセンスの棚卸しと社内複製ルールの整備が急務である
「地図のコピーくらい」という感覚が通用しないことを、本判決ははっきり示しました。自社の利用実態に不安がある場合は、早めに専門家に相談することをおすすめします。
出典・参考文献
- 東京地判令和4年5月27日・令和元年(ワ)第26366号(著作権侵害差止等請求事件)・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
- 東京地判平成13年1月23日・判時1756号139頁〔ふぃーるどわーく多摩事件〕
- 駒田泰土「著作物と作品概念との異同について」知的財産法政策学研究11号(2006年)145〜151頁
- 著作権法2条1項1号、10条1項6号、30条1項、114条3項
免責事項
本記事は、裁判所ウェブサイトで公開されている判決情報および一般的な法律情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的アドバイスではありません。実際の対応にあたっては、必ず弁護士にご相談ください。
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