マンションの設計図は著作物か──メゾンA事件に見る「建築の著作物」と「図面の著作物」の交錯

1. 「設計図を真似された」と訴えるとき、何が問題になるのか

あるマンションを設計した建築士が、自分の図面を他社に流用されたと考えたとき、まず頭に浮かぶのは「著作権侵害で損害賠償を請求できないか」という発想でしょう。

ところが、この発想はすぐに二つの壁に突き当たります。第一に、建築物そのものを「建築の著作物」として保護するためには、通常の住宅やマンションを超える「建築芸術」と呼べるほどの創作性が必要とされる傾向が強いこと。第二に、設計図は「図形の著作物」として保護の余地こそあるものの、CADで描かれる実務の設計図はありふれた製図手法の集積であり、創作性が極めて狭くしか認められないこと。

知財高判平成27年5月25日・平成26年(ネ)第10130号(通称「メゾンA事件」)は、まさにこの二つの壁が交差する典型的な場面で、マンションの設計図に関する著作物性と侵害の成否を正面から論じた裁判例です。控訴人は建築設計を主たる業とする株式会社、被控訴人は同業他社と個人でした。控訴人は、自らの設計図を用いた建替えマンションの計画を被控訴人らが流用し、類似の設計図を作成して建築に至ったとして、複製権・翻案権侵害に基づく損害賠償(約3285万円)を求めました。

2. 前提知識──「建築の著作物」と「図面の著作物」

2.1 著作権法10条1項5号「建築の著作物」

著作権法10条1項5号は、著作物の例示として「建築の著作物」を掲げます。ここでいう「建築」は、ベルヌ条約の「applied art」や「architectural work」と整合する概念で、建物それ自体を造形芸術として保護することを企図しています。

もっとも、居住や業務のための実用性・機能性が最優先される一般の住宅やオフィスビルは、そもそも美的鑑賞を目的とするものではありません。そこで裁判例は、一般住宅が建築の著作物として保護されるためには、通常の建築に加味される美的創作性を超えて、独立して美的鑑賞の対象たりうる「造形芸術としての美術性」が備わっていなければならない、と極めて絞り込んだ基準を採用してきました(グルニエ・ダイン事件・大阪高決平成16年9月29日など)。

結果として、実務の感覚では、ごく例外的な建築芸術(象徴的な公共建築や建築家の作家性が強く表出したモニュメンタルな建物)以外は「建築の著作物」には該当しない、というのが現在の支配的理解です。

2.2 著作権法10条1項6号「図形の著作物」

一方、設計図は、著作権法10条1項6号の「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」に該当する余地があります。ここでのポイントは、「学術的な性質」という限定が付されていることです。

図形の著作物については、古くから工作機械の設計図(昭和の裁判例)や建築設計図について争われてきました。一般論としては、図面であっても、作図上の表現方法や具体的表現内容に作成者の個性が発揮されていれば創作性が認められる、と整理されています。

しかし、CADを用いる現代の実務設計図は、製図規格・建築基準法令・業界慣行によって表現の選択幅が極度に狭くなっています。壁・開口部・階段・水回りの描き方には業界共通の記号体系があり、「どこに個性が出るのか」が真剣に問われる場面なのです。

2.3 「建築の著作物」と「図面の著作物」の関係

両者は重なり合いつつも別個の保護対象である点に注意が必要です。①建築物を無断で真似して建築物として再現すれば「建築の著作物」の複製(著作権法2条1項15号ロ)が問題となり、②設計図を無断でコピー・改変すれば「図形の著作物」の複製・翻案が問題となります。

もっとも、②の設計図から③の建築物を建てる行為を複製と見るか否かという古典的な難問もあり(いわゆる設計図から建築物への再製の問題)、本件ではそこまで立ち入らずとも、そもそも設計図自体の創作性の射程が焦点となっています。

3. 事案の概要──マンション建替計画と二組の設計図

本件の事実関係は、控訴人(原告)と被控訴人(被告)らとの間のマンション建替事業をめぐるものでした。整理すると、次のような構図になります。

  • 控訴人(原告)は、建築設計を主たる業とする株式会社。あるマンションの建替え計画のため、区分所有者らから依頼を受けて、基本設計段階の図面一式を作成した。
  • 被控訴人らには、設計者(個人)、設計業務を行う合同会社、同社の関係者等が含まれる。
  • 原告の設計計画は、区分所有者の合意形成の過程で採用に至らず、最終的には被控訴人側が新たに作成した設計図に基づいてマンションが建築された。
  • 原告は、原告図面が被控訴人らに流出し、被控訴人図面の作成に利用されたと主張。原告図面の複製権・翻案権侵害に基づく損害賠償を求めて東京地裁に提訴(原審:東京地判平成26年11月7日・平成25年(ワ)第2728号)。

原審は原告の請求を全て棄却。原告(控訴人)はこれを不服として控訴したのが、本判決です。

4. 争点

本判決で中核となった争点は次のとおりです。

  1. 原告図面の著作物性──マンション設計図が「図形の著作物」として著作権法の保護を受けるか。受けるとして、どの要素にどの範囲で創作性が認められるか。
  2. 依拠性──被控訴人らが原告図面に依拠して被控訴人図面を作成したか。
  3. 類似性(複製・翻案の成否)──被控訴人図面が原告図面の表現上の本質的特徴を直接感得させるか。
  4. (仮に侵害が認められる場合の)損害額。

本記事では、建築の著作物性という大論点に関わる①と③を中心に扱います。

5. 裁判所の判断

5.1 建築設計図の著作物性──総論

知財高裁は、建築設計図が著作権法10条1項6号の「学術的な性質を有する図面」として保護される余地があることを肯定しました。そのうえで、創作性の所在について、概略次のように判示しました。

建築設計図の著作物性は、作図上の表現方法や、その具体的な表現内容に作成者の個性が発揮されているか否かによって判断される。もっとも、その作図上の表現方法や建築物の具体的な表現内容が、実用的、機能的で、ありふれたものであったり、選択の余地がほとんどないような場合には、創作的な表現とはいえない

また、建築設計図は、工事関係者が共通して利用することを前提とするため、記号・凡例・標準詳細図・寸法表示法など、作図上の表現方法は業界共通のありふれた手法によらざるを得ないことも指摘されています。

5.2 創作性の射程──「ほぼデッドコピーに近い場合」に限定

そのうえで裁判所は、原告図面のうち一部について、設計者の工夫・選択がうかがえる限度で狭い範囲で創作性を認めつつ、保護の及ぶ範囲は表現上ほぼ同一といえる場合に限定されるという趣旨を明らかにしました。

この判断枠組は、図形の著作物一般について、古くから「ありふれた表現が多い図面類については、デッドコピーないしそれに極めて近い場合に限って侵害を認める」という実務感覚と整合的です。マンション設計図のように、与条件(敷地形状・容積率・日影規制・区分所有者の希望)と法令上の制約がきつく、選択の幅が狭い場面では、この考え方が一層強く妥当すると整理できます。

5.3 類似性の判断──基本的与条件が共通しても「具体的表現」が異なる

裁判所は、原告図面と被控訴人図面を個別に比較し、次のように結論付けました。

控訴人図面と被控訴人図面とは、その基本となる設計与条件において共通する点があるとしても、具体的に表現された図面としては異なるものといわざるを得ず、被控訴人図面が控訴人図面の複製権又は翻案権を侵害しているとは認められない。

ここで重要なのは、「基本設計レベルで類似していること」と「図面の表現として類似していること」を明確に区別している点です。

同じ敷地・同じ容積率・同じ世帯構成を前提とすれば、住戸配置の大枠、コアの位置、動線計画などが類似してくるのは避けられません。しかしそれは、アイデア・設計思想・与条件の次元で共通しているにすぎず、著作権法が保護する「表現」のレベルでの類似とは別問題だ、というのが裁判所の整理です。アイデアと表現の二分論(いわゆるidea-expression dichotomy)を、建築図面の文脈で丁寧に適用した判示といえます。

5.4 結論

原告図面の一部に狭い範囲で創作性を認める余地があるとしても、被控訴人図面は原告図面と具体的表現において異なる以上、複製権侵害も翻案権侵害も成立しない──として、原告の控訴はいずれも棄却されました。

6. 射程と実務示唆

6.1 建築分野の著作権実務に対する含意

本判決の最大の意義は、マンション・一般住宅の設計図について、著作権による保護の射程を相当に絞り込んだ点にあります。設計業界では、先行する基本設計図が何らかの形で次工程の設計者の手に渡り、参考にされることは珍しくありません。

この現実を踏まえると、「先行設計図に似た設計図」が作成されたというだけでは、著作権侵害の立証はまず奏功しないというのが、本判決の率直なメッセージです。保護が及ぶのは、与条件を超えて作図者独自の工夫に帰せられる表現要素について、ほぼデッドコピーに近い流用がなされた場合に限られます。

6.2 トラブル予防は「契約」で──著作権法とは別の回路

だからこそ、実務では設計契約・業務委託契約の中で、設計図の利用権・第三者提供禁止・秘密保持義務・使用料条項などを丁寧に設計することが不可欠です。建築設計図の利用関係は、著作権法の規律だけでは到底カバーしきれず、通常は契約上の合意で細かく規律するのが王道です。

本判決が事実上示しているのも、著作権法による救済に期待しすぎず、契約設計と秘密管理で自衛せよ、という実務的メッセージと読むことができます。

6.3 依拠性・アクセス・秘密管理の立証戦略

仮に著作権侵害で争うとしても、①被控訴人が原告図面にアクセスした事実、②アクセスから転用までの経緯、③転用を推認させる類似の具体的態様を立証する必要があります。本件でも依拠性は否定的に評価されており、設計事務所の実務としては、図面のバージョン管理・送付先ログ・打合せ議事録など、後の立証で役立つ記録を残すことが重要です。

6.4 「建築の著作物」論との接続

本判決は設計図(図形の著作物)の枠組で判断されていますが、より大きな「建築の著作物」(10条1項5号)の解釈論とも接続しています。グルニエ・ダイン事件に代表される一連の裁判例が一般住宅・マンションについて建築の著作物性を否定してきた潮流の中で、本判決は図面側の創作性も厳しく絞ることによって、建築物側と図面側の双方から、マンション分野の著作権保護が実質的に狭く絞られていることを示しています。

反面、公共的・象徴的な建築物や、著名建築家による作家性の強いプロジェクトでは、別論となり得ます。東京地判平成29年4月27日(STELLA McCARTNEY青山店舗事件)など、商業建築について建築の著作物性を検討した裁判例も現れており、個別案件ごとの丁寧な要件審査が要求される領域です。

6.5 司法試験・予備試験の答案戦略

受験生にとっても、本判決は「建築の著作物性」「図形の著作物と創作性」「アイデア・表現二分論」を組み合わせて問う良い素材です。答案では、

  1. 10条1項5号(建築の著作物)と10条1項6号(図形の著作物)の条文的位置づけを明示する
  2. 「創作性」について、選択の幅が狭い分野ではありふれた表現が保護されないというロジックを丁寧に展開する
  3. 類似性判断で、基本設計与条件の共通(アイデア)図面上の具体的表現の共通を区別する

という三段構えで記述すると、考慮要素を網羅しつつ、本判決の射程を正確に位置づけた論述になります。

7. まとめ

メゾンA事件(知財高判平成27年5月25日・平成26年(ネ)第10130号)は、マンション設計図の著作物性について、現在の実務感覚を端的に表現した判決です。建築設計図は10条1項6号の図形の著作物として保護される余地はあるものの、作図手法がありふれており、設計与条件の制約も大きいため、創作性はごく狭い範囲でしか認められず、保護もほぼデッドコピーに近い場面に限定される。基本的な設計与条件が共通していても、具体的表現の異同こそが判断の決め手となる。

建築・不動産業界にとっての実務的含意は明確です。著作権法による救済は薄い。契約・秘密管理・記録管理で備える。この冷静な現実認識を踏まえた案件設計が、設計事務所・デベロッパー・法務担当者に求められます。

8. 出典


建築の著作物性
建築の著作物性

免責事項:本記事は、裁判所公表の判決文および一般的な法律知識に基づき、執筆者が独自に分析・解説したものです。特定事件に関する法律上のアドバイスではなく、個別事案については弁護士等の専門家にご相談ください。記事内容の正確性には努めていますが、最新の判例動向・学説動向と異なる場合がありますのでご注意ください。

掲載:<https://chosakukenhou.jp>

お問い合わせはこちらから|虎ノ門法律特許事務所

著作権・知的財産のトラブルでお悩みの方は、まずはお気軽にご相談ください。
初回のご相談では、事案の概要をお伺いし、今後の見通しと対応方針をご説明いたします。

お問い合わせ・ご相談はこちら

TEL: 03-6205-7455(平日対応)

お問い合わせはこちらから|虎ノ門法律特許事務所

大熊裕司
弁護士 大熊 裕司
著作権、肖像権、パブリシティ権、プライバシー権について、トラブル解決のお手伝いを承っております。音楽・映画・動画・書籍・プログラムなど、様々な版権・著作物に精通した弁護士が担当しておりますのでお気軽にお問合せください。

LINEでのお問合せ

LINEでのご相談も承っております。(無料相談は行っておりません) LINEでのお問い合せ

お電話でのお問合せ

電話対応時間 平日 午前9時~午後9時、土日祝 午前9時〜午後6時 虎ノ門法律特許事務所 電話

メールでのお問合せ

メールでのお問い合せ

費用

相談料

法律相談料は、1時間11,000円(税込)、のち30分ごとに5,500円(税込)です。  

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

おすすめの記事