「偶然似ただけ」は著作権侵害にならない――ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件(最高裁昭和53年9月7日判決)と「依拠」の要件

はじめに

2つの曲がそっくりだったとき、後から作った側は必ず著作権侵害になるのでしょうか。答えは「ならない場合がある」です。著作権侵害というためには、似ていること(同一性・類似性)に加えて、既存の作品を知ってこれを利用したこと(依拠・いきょ)が必要であり、既存の作品を知らずに独自に作った結果、偶然似てしまった場合(偶然の暗合)は侵害にならない――。
この著作権法の基本原則を確立したのが、昭和38年の大ヒット曲「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」をめぐって争われた、最高裁昭和53年9月7日判決(第一小法廷・昭和50年(オ)第324号 著作権不存在等確認及び著作権損害賠償請求事件・民集32巻6号1145頁)〔判決文PDF・裁判所ウェブサイト〕です。旧著作権法下の事件ですが、ここで示された「複製」の定義と依拠の要件は、現行法の解釈として今日まで引き継がれ、盗作紛争のすべての出発点となっています。本記事では、この判決を図解付きで詳しく解説します。

前提知識の整理

  • 複製権:著作者は、著作物を複製する権利を専有します。無断の複製は著作権侵害です(本件当時は旧著作権法〔明治32年法律第39号〕。現行法では21条)。
  • 依拠:既存の著作物に接し、それを自己の作品に利用すること。特許権(先願主義・登録制度)と異なり、著作権は創作しただけで登録なしに発生する(無方式主義)ため、互いに独立に創作された似た作品が並存し得ます。そこで、侵害の成立には「既存の作品を利用した」という結び付き=依拠が要求されます。
  • 偶然の暗合:既存の著作物を知らずに独自に創作した結果、偶然内容が一致・類似すること。音楽のように表現の選択肢が限られる分野(使える音は限られ、流行歌には定番の音型があります)では、現実に起こり得ます。

判例の紹介と分析

事案の概要

当事者と両曲の関係
問題となった2つの曲は次のとおりです。

  • 甲曲:「The Boulevard of Broken Dreams」(邦題「夢破れし並木路」)。米国の作曲家ハリー・ウォレンの楽曲で、昭和8年製作の米国映画「ムーラン・ルージュ」の主題歌。原告X(音楽出版会社)が日本における著作権を譲り受けていました。
  • 乙曲:「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」。昭和38年、放送局の演出部長でもあった被告Y1が作曲し、大ヒットした歌謡曲です。

Xは、乙曲は甲曲に似ており、その複製(偽作)であるとして争いましたが、第一審(東京地判昭和43年5月13日)は両曲の同一性を断定し難いとして請求を棄却。控訴審(東京高判昭和49年12月24日)は、同一性ではなく、Y1が作曲当時に甲曲の存在・内容を知っていた証拠がないこと――つまり依拠の欠如――を理由に控訴を棄却し、Xが上告しました。

争点

  1. 著作権侵害となる「複製」とは何か。依拠は要件か
  2. 既存の著作物を知らなかったことに過失があった場合はどうなるか
  3. 依拠の有無はどのように判断(立証)するか

最高裁の判断

最高裁は上告を棄却し、次の一般論を示しました。現在まで繰り返し引用される、日本の著作権法で最も有名な判示の一つです。

ここにいう著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうと解すべきであるから、既存の著作物と同一性のある作品が作成されても、それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことにはあたらず、著作権侵害の問題を生ずる余地はないところ、既存の著作物に接する機会がなく、従つて、その存在、内容を知らなかつた者は、これを知らなかつたことにつき過失があると否とにかかわらず、既存の著作物に依拠した作品を再製するに由ないものであるから、既存の著作物と同一性のある作品を作成しても、これにより著作権侵害の責に任じなければならないものではない。

(判決文1頁)
ポイントは2つあります。第1に、「複製」=「依拠」+「内容及び形式を覚知させるに足りるものの再製(同一性)」という定義を示したこと。第2に、既存の著作物を知らなかった場合には、知らなかったことに過失があっても侵害にならないと明言したことです。「調べれば知り得たはずだ」という非難は、依拠の代わりにはなりません。
依拠の判断構造
そのうえで最高裁は、本件へのあてはめとして、原審の認定した次の事実を挙げました。

  • 甲曲は、乙曲が作曲された昭和38年当時、日本では音楽の専門家・愛好家の一部に知られていただけで、誰もが知るほど著名ではなかった
  • Y1は、膨大なレコード・楽譜のコレクションがある放送局に勤務し、音楽番組の企画製作に責任を負う立場ではあったが、作曲当時に甲曲の存在を知っていたとしなければならない特段の事情はない
  • 両曲には旋律の類似部分があるが、それは流行歌でよく用いられている音型に属し、偶然類似が生じる可能性が少なくないうえ、乙曲には甲曲にない旋律も含まれている

これらから、Y1が甲曲に現に接していたことはもちろん、接する機会(アクセス可能性)があったことも推認し難いとして、依拠を否定しました。

意義と射程

第1に、「複製」の判例定義を確立しました。この定義は旧法下のものですが、現行法の複製権はもちろん、演奏・上演などの無形的な利用や翻案(江差追分事件・最判平成13年6月28日〔判決文PDF・裁判所ウェブサイト〕の「既存の著作物に依拠し」という定式)にも及ぶと理解されており、著作権侵害一般の要件論の基礎になっています(田中豊編『判例でみる音楽著作権訴訟の論点80講』80〜81頁〔小川まゆみ〕)。
第2に、依拠の立証は「アクセス可能性」を軸に行われることを示しました。「既存の曲を写した」という直接の証拠が得られることはまれです。そこで実務では、①既存著作物に接する機会があったこと(著名性・流通状況・当事者の職業や環境)と、②類似の程度・性質という間接事実を積み上げて、依拠を推認します。本件では、甲曲の知名度の低さと、類似部分がありふれた音型であることが、推認を妨げる方向に働きました。
第3に、その後の裁判例が「推認」の型を発展させました。「同期の桜」をめぐる訴訟(東京地判昭和58年6月20日判時1083号143頁)では、経験則上偶然の一致とは考えられないほどの歌詞・楽曲の近似性と、先行曲のレコードが1年半にわたり一般に販売されていた事実から依拠が推認されました。記念樹事件(東京高判平成14年9月6日〔判決文PDF・裁判所ウェブサイト〕)でも、依拠したと考えるほか合理的な説明ができないほどの顕著な類似性と原曲の周知性から依拠が推認されています(当サイトの解説記事「「似ている曲」はどこから著作権侵害になるのか」参照)。原曲が無名なら偶然の暗合の主張が通りやすく、原曲が著名で類似が顕著なら「知らなかった」は通りにくい――本判決と記念樹事件は、その両極を示す好対照の実例です。
第4に、生成AIの時代に再注目されています。AIの出力が既存著作物に似ていた場合に侵害となるかについても、出発点は本判決の依拠の要件です(文化庁の整理でも依拠性は独立の検討要素とされています)。この論点は当サイトの「依拠性とは?著作権侵害の2大要件を判例でわかりやすく解説」で詳しく扱っています。

実務への影響・ポイント

  • 「似ている」と言われても、直ちに侵害を認める必要はありません。制作時に相手の作品を知らなかった・接する機会もなかったという事情があれば、依拠を争う余地があります。相手の作品の知名度・流通範囲、自分の制作環境・経緯が主戦場になります。
  • 創作過程の記録が最大の防御になります。制作日時の記録、デモ音源やスケッチ、参考にした資料のリストなどは、独自創作の裏付け=偶然の暗合の主張を支える証拠になります。
  • 権利者側は、アクセス可能性の立証を設計する必要があります。自作品の公表時期・媒体・ヒットの程度、相手が接し得た具体的経路を示せるか。それが難しい場合、顕著な類似性そのものから依拠を推認させる立証(記念樹事件型)を検討することになります。
  • 「調査不足」は侵害理由になりません。既存曲の存在を知らなかったことに過失があっても依拠は認められない、というのが本判決の明確な判断です(ただし、既存曲を知って利用した場合に、著作権が存続していることを知らなかった、という場面では過失による侵害が問題となり得ます)。

まとめ

ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件最高裁判決は、著作権侵害の成立には既存著作物への「依拠」が不可欠であり、偶然の暗合は――知らなかったことに過失があっても――侵害にならないことを確立した、依拠論のリーディングケースです。似ている曲・作品をめぐる紛争では、類似性の分析と並んで、「知っていたか、接する機会があったか」という依拠の攻防が勝敗を分けます。盗作を疑う側にとっても、疑われた側にとっても、まず立ち返るべき原点となる判決です。

出典・参考判例

参考文献

  • 田中豊編『判例でみる音楽著作権訴訟の論点80講』(日本評論社、2019年)78〜93頁〔小川まゆみ〕
  • 高部眞規子「依拠」著作権判例百選〔第6版〕86頁
  • 半田正夫「他人の著作物の不知と著作権侵害」ジュリスト693号288頁

※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的アドバイスではありません。具体的な問題については弁護士にご相談ください。

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